PACIFIC WAY


  フィジー連立政権のその後
   
(社)太平洋諸島地域研究所
研究員 山桝加奈子(やまます かなこ)


はじめに
 
 フィジー共和国は1997年憲法で「国民統合」という国家的理念を掲げ、「複合民族政府」(1)というシステムを採用し、その実現に向けて新たな道を歩みだした。昨年5月の新憲法下初の総選挙の結果、史上初のインド系首相による政権が誕生し、労働党の率いる連立政権が形成された。以来、政府は安定に向けて努力を続けているが、将来に対する不安は払拭できておらず、選挙以降の投資に伸びが見られないこと、熟練技術者の海外流出があいかわらず続いていることが、このことを雄弁に物語っている。

 1987年のクーデター以降、12年にわたる政治変動と経済の後退に耐え、疲れ果てた国民にとって、今回の民族融合政権の成立も一息つけるものとはなっていないというのが現状である。それどころか、連立の崩壊、政党内の分裂、ALTA問題の行き詰まり、政府に対する分解工作の絶え間ないうわさなど、新憲法の起草者たちが心に描いていた権力共有(power-sharing)の状態とはおよそかけ離れた状態が生まれている。

 そこで本稿では、フィジーの月刊誌「リビュー」掲載の記事(2)をもとに、連立政権の現状とそれをめぐる議論を紹介するものである。
 
1.政党内外の分裂
 
 フィジー初のインド系首相チョードリー(Mahendra Chaudhry)政権は誕生してまだ1年に満たないが、それでも政治への信頼を1987年以前のレベルにまで回復させるという期待を国民に抱かせるには十分の時間といえよう。しかし、政治状況が改善されつつあるという確信をいだかせるような兆候はうかがえない。かつて多種多様な政党が、新憲法の制定に向って交渉のテーブルについた際に見せたような協力・合意・譲歩の精神は、いまや失われてしまい、政党の態度は硬化し、極端な立場がとられつつあるなど、新憲法制定以前の状況に逆戻りしている。

 2月に、SVT(フィジアン党)が、NFP(国民連合党)とのいわゆる「自滅連立」(self-defeating coalition)の解消を宣言し、代わりにVLV(キリスト教民主党=CDAフィジー系政党のクリスチャン民主同盟)と、フィジー人の共通の利益や問題解決のため、和解に向けた話し合いを行った。そこでの議題の1つは、フィジアンの政治権力を強化する(取り戻す)方向に現憲法を改正しようとするものであった。

 VLVは政府の連立パートナーであるにもかかわらず、選挙直後からSVTとの話し合いを続けてきている。VLV党首のポセジ・ブネ(Poseci Bune)農業大臣は、堅固なチョードリー派であるが、VLVの古参のメンバーはこの連立を歓迎しておらず、ブネが懲戒処分をちらつかせてきたのも無視して、他のフィジー系政党の思いを同じくする人々と公然と話し合いの場を持ってきた。ブネはフィジアンの代表として、内閣でフィジアンの権利を主張することを期待されていたが、影響力がないことが明らかになり、党内で孤立しつつある。

 一方、政府最大の連立パートナーであるFAPでは、党内で連立賛成派と反対派の間で分裂が広がっている。FAPのスピード(Ade Kuini Speed)党首は、副首相兼フィジー関係大臣の座にあるが、健康状態がすぐれず、進退が危ぶまれている。スピードと主導権争いを演じてきた党首代行のラトゥ・トゥウアキタウ・ゾカナウト(Ratu Tuuakitau Cokanauto)は、2月にチョードリー首相に会談を申し込み拒絶された。ゾカナウトは会談の約束を取り付けようと数週間ねばった末、チョードリーに24時間以内に会談に応じなければ、FAPは連立から脱退するという最後通牒をつきつけた。これをチョードリー首相がはねつけ、FAP抜きでも政府運営を続ける覚悟だと語った。

 ゾカナウト陣営は、共通の利益について会談を持ちたいだけであったと述べているが、これはゾカナウト側がFAP内のリーダーシップ争いで点数を稼ぐための戦略であった。首相と会談を持つことは、彼にスピードにかわるリーダーとしての正統性を与えることになる、とチョードリーは警戒している。首相は、ゾカナウトの支持者の怒りを買うこともいとわず、あきらかに彼を政権の外に置きたがっている。トップへの野心を隠そうとはしない彼は、閣外に置くほうがコントロールしやすいとチョードリー首相は考えているためである。チョードリー首相は、彼に忠実なスピードを副首相に登用しているが、代わりにゾカナウトを登用したら事は簡単には済まない。ゾカナウトは意に染まない事があれば声高に言い立てるであろうし、一度登用してから放り出すようなことになれば、彼の支持者を今以上に怒らせることになるというのがチョードリーの言い分である。

 一方、関わると「悪魔か深い海の様に厄介」だが、拒絶することもまた危険である、とは南太平洋大学のアッパナ(Subash Appana)講師のゾカナウト評である。「彼は分別のある人物に見えるので、もし彼が『私は首相に不当な取り扱いを受けた』と言えば、チョードリー政権にチャンスを与えたいと思っていた貧しいフィジアンも、再びゾカナウト支持にまわるであろう」とアッパナ講師はみている。

 スピードが退任した場合、もともと入閣数に不満だったFAPは決してこの席をあきらめないだろう。チョードリー首相がFAPの要求を容れないことで連立が崩壊すれば、フィジアン政権を求めて大フィジアン連合(grand Fijian coalition)結成へとFAPが動くことは間違いないとみられる。
 
2.審議時間短縮法案とALTA問題
 
 現在政界には巨大な疑惑と不信感が存在している。この政府不信、連立崩壊の危機の直接的な原因となっているのが、「審議時間短縮法案」と「ALTA問題(農地貸借法)」である。

 SVTは、政府が議会での圧倒的多数を背景に、フィジアンの慣例を縮小するような憲法改正案を可決するおそれがあると非難している。SVT党首のタウファ・ヴァカタレ(Taufa Vakatale)は、特に法案の審議時間短縮法案の成立を懸念している。この法案が通れば、年に二回しか開かれない大酋長会議(Great Council of Chiefs)で法案を検討する時間が失われ、酋長たちの意思を法案に組み入れる機会が失われる。政府が圧倒的な議会多数派(下院71議席中、労働党単独で過半数の37議席を占めている)であるため、SVTは法案を阻止するすべがない。

 SVTはこの動きに反対するデモ行進と請願を計画しているが、これに対しブネ(VLV)は、そのような行動計画は扇動的であるとしてSVTを非難した。しかしヴァカタレは話し合いの席上、SVTはただ非公式に政府の政策に反対意思を表示し、疑問を呈し続ける必要性について述べただけだ、としてその非難を否定した。

 一方、ALTA問題(3)については、土地問題は穏健なフィジアンが暴力的なフィジアンに逆戻りする発火点であるとヴァカタレは警告している。ALTAを維持したいインド系農民と、ALTAを廃止し自らの土地の自由な利用をのぞむフィジアンの利害は真っ向から対立している。

 チョードリー首相はALTAを維持するべきだと主張しているが、NLTB(先住民保有地信託機構)とGCC(大酋長会議)側はこれを廃止すべきだと述べ、NLTBのもとで交渉が進められることを望んでいる。チョードリー首相は明らかに借地契約の期限切れと、それによって農民の直面する立ち退き問題の解決に懸命に取り組んでいる。

 彼が今日の地位に就けたのは、サトウキビ農民の票のおかげであり、その見返りとして彼はALTA問題の迅速な解決を約束したのだった。しかし、事態が思うように進展しないため、チョードリー首相を自分たちのヒーロー扱いしていた農民の中には、すでに彼をののしる者も出始めている。(とはいっても、チョードリー首相の人気は依然として全国的に高く、最近の世論調査では支持率が62%に上り、この数字はランブカ前首相のピーク時の支持率を上回っている。)

 農民たちは、(政府案で)契約更新を拒否された場合、立ち退き料(賠償金)として支払われるとされる2万8千ドルについては、厳格な資格要件があるため、簡単には支払われず、しかも十分な額ではないことを知っている。そのため農民を立ち退かせるのは「銀行にローンを申し込むように」難しいことであるといわれる。

 これに対し、チョードリー首相は、SVTは自分たちの政治的利益のために土地問題を利用し、土地所有者や国家に土地という経済的資産が生み出す正当な見返りを農民に与えようとしないと、非難している。

 連立与党のVLVのブネはこれまではALTA問題に沈黙してきたが、ALTA交渉のテーブルでは彼の立場を明らかにしなければならなくなるとみられている。彼は政府を助けるべき立場にあるため、この先、政府とVLVのトラブルが予想される。

 農民はチョードリー首相が最も失望させたくない人々である。しかし、もしチョードリー首相がALTAのためにごり押しをしようとしたら、トラブルが勃発するだろうとヴァカタレは警告している。ヴァカタレは、「チョードリーは妥協しない立場を取っており、それが心配だ。チョードリー首相に必要なのは、歩み寄りの精神であり、土地所有者(フィジアン)と借地人の双方に顔のきく人物である」と述べている。ALTA問題については、今のところ政府は、決定は議論の後になされるだろうと述べるだけで、解決はまだまだ先の話である。

3.民族問題と「大フィジアン連立」
 
 これらの問題解決が難航し、連立崩壊の危機が生じているのは、つまるところ民族問題が背景にあるからである。南太平洋大学の社会学者ビシェイ・ナイドゥ(Vijay Naidu)は、総選挙の勝利後にフィジー系の連立パートナー(FAP、PANU)がチョードリーの首相就任に難色を示したことが、今日政府が多くの問題に直面することになった発端であると指摘する。「彼らは首相の地位にはフィジアンを望んでおり、チョードリーの就任を支持したのは唯一、カミセセ・マラ大統領だけであった。意見の相違は取り繕ろえたかのように見えるが、根本的な緊張状態は解けてはおらず、このことが政府の頭痛の種になり続けるであろう」と述べているが、まさしくその通りの状況がおきているのだ。

 昨年の総選挙の争点は、経済問題が中心で、従来の民族問題は影をひそめた。もともと国民統合をめざす新憲法の下で、フィジアンの既得権が多少せばめられる危険を犯してまで新しい選挙制度を導入し、複数民族政府を目指したのであるが、選挙結果は誰もが予想しなかった労働党(インド系)の大勝をという結果を生み、労働党政権が発足した。この現実を目のあたりにして、国民統合という国家目的のために抑制されていた民族意識が再び噴出したのである。

 総選挙直後に早くもこの動きがみられ、昨年5月にSVTとVLVはフィジアンの手に政権を取り戻すため「大フィジアン連立」の可能性について話し合いをもった。VLVのブネが大フィジアン連立の構想を提案し(4)、非公式の話し合いがフィジー系政党のSVT、VLV、FAP、PANUの指導者間で行われたが、結局失敗に終わった。

 この大連立構想を見送らせたのがランブカ前首相である。その当時SVT党首であったランブカはこれに強硬に反対し、労働党政権を受け入れ、チョードリーを新しい国家のリーダーとして認めることを勧めたのだった。これが労働党の大きな助けになり、フィジアンの強硬派の暴力的抗議行動に歯止めがかかった。

 こうしてランブカが労働党政権の誕生に協力したのは、国民統合実現という目的のほかに、VLVとFAPは、かつてランブカと指導方針の対立からSVTを離党したメンバーによって作られた党であるため、ランブカ自身両党を快く思っていないという理由もあったといわれる。チョードリーはこの期を逃さず、VLVとPANAにアメ(閣僚の座)を与え、素早く政権を立て直すことに成功し、同時にフィジアンの閣僚を増やしたことで、フィジアンの信頼も回復できたのだった。

 しかし、その後9か月間、フィジアン政党集結の話は途切れることなく、それがメディアで流れるたびに、閣僚達がそれらの陰謀に加担しているのではないかと責められている。

 ランブカ前首相(SVT)は、政府が円滑に運営されるためにはSVTを連立に加えるべきだったと述べる。そうすれば土地問題だけでなく、政治全体の厳しい状況が解決できたという。1997年憲法の下では、下院で8議席以上を獲得した党はすべて入閣資格を持つ。今回の選挙後、SVTは初め入閣を要請され承諾したが、ランブカの副首相就任をはじめ重要な大臣ポストを要求するなど、厳しい条件を付けたため、あまりに法外な要求だとして、労働党はSVTへの入閣要請を撤回した。

 しかし、この労働党の対応に対し、ランブカは、政府は我々(SVT)の要求をすぐに拒絶する代わりに交渉の場を設けることができたはずだと非難している。こうした流れから明らかなのは、チョードリーが妥協的でなかったことで、新政府のなお一層の統合への大きなチャンスが失なわれたということである。

 今後、SVTが入閣する可能性はあるのだろうか? SVTのリーダーの一人イノケ・クンブアンボラ(Inoke Kubuabola)は、2月にインタビューに答えて、「我々の決定は昨年5月になされた通りである。SVTは今のような労働党だけの意見が通る政府に入ることはない」と述べており、現内閣への入閣よりもフィジアンに主導権を取り戻すためフィジアン政党同士の和解と結束に強い関心を持っている。

 一方、前NFP議員ワダン・ナセイ(Dr Wadan Nasey)のように、こうした状況が生じたのはもっぱら選挙制度「選択投票制」(5)に重大な欠陥があるからだと信じている者もいる。フィジータイムスのコラムで彼は、先の選挙でフィジアンの最大グループの代表であるSVTは8議席にとどまったが、総獲得票数は14議席分に相当し、同様に、議席0に終わったNFPに至っては10議席獲得となる、と述べている。

 ナセイは、選択投票制は、政党が得票数の割合に応じて議席を配分する比例代表の要素取り入れておらず、さらに悪いことに、新憲法が複数政内閣を規定しているにもかかわらず、最大フィジアン政党のSVTが入閣していないことに問題があると指摘する。すでにランブカとSVTが彼らの権力をすべての主要政党と共有することに同意している以上、なぜ彼らが今根本的な枠組みの変更を要求するのかが理解できる、と述べた。

 一方、この選挙制度に大きな信頼を寄せる見方もある。南太平洋大学の政治アナリストのアルミタ・ドゥルタロ(Alumita Durutalo)は、この新憲法の良いところは、異なった政党を一緒に働かせるところである、と指摘する。フィジー系政党とインド系政党は選挙前には両極端であっても、選挙後は話し合い、複数政党内閣を形成することを憲法で要請されている。しかし、彼女が言うように、憲法は政治家が機能させようと努めなければ機能するものではなく、さもなければ人々は簡単に自分の民族の中にもどってしまうものである。

 ドゥルタロは、リーダーは互いに尊敬と寛容を示して、この事態の収拾に努めるべきで、そうすれば彼らの支持者もついてくるだろうと述べている。彼女は、憲法改正のために、互いの違いはさておき反対派もすべて加えて話し合ったため、国民の大多数に受け入れられる草案を作り上げることができたとして、それを実現した前首相のランブカとNFP党首のレディ(Jai Ram Reddy)の例をあげている。

 そのランブカ(SVT)とレディ(NFP)は、今やチョードリー政権の場外にいる。チョードリーは、少しの異論も許さないように連立を統率するようになるだろうと予想されていたが、まさしくその通りになっている。政府が維持すべきものは、VLVとFAPとの連立である。両党とも3月にこの連立を再検討する予定であるが、VLVは今のところ連立から脱退しそうにない。しかし、もしFAPが脱退したら、内閣はインド系優位になり、政府は合法性を失ったようにフィジアンの目には映り、政治的危機を招く可能性がある。

 「フィジーで最も強いカードは人種カードである。すでにそのカードをきっている政治家もいる」とアッパナは述べている。チョードリー政権は、まだ政治的地雷を取り除いていない。チョードリーは大胆に歩いているが、間違った動きは命取りになろう。
                               
むすび:国民統合の行方
 
 憲法によって創出された複数政党内閣制は、現実に機能して初めて憲法起草者の目指した「国民統合政府」となりうる。民族の違いをこえた国民の連帯感と国家制度は相補いながら国民統合を目指すが、まさしく現在の政界に欠けているのはフィジー国民全体の発展を目指す連帯感であろう。そのためには、チョードリー首相や各政党には、複数政党政治を目指した最初の意義に立ち戻り、慎重に政権を運営することが望まれる。

 フィジーにとって、この連立崩壊の危機は最もたやすく予測できた危機であり、当然越えなくてはならない危機ではあるが、実は越えることが最も難しい危機でもある。この危機は民族問題であると共に「伝統」と「近代化」の対立の問題でもあるからである。近代憲法制度に伝統文化(大酋長会議の規定など)をとりいれ、両立をはかろうとしているフィジーにとって、複合政党内閣制もまた伝統(フィジアン政党)と近代化(インディアン政党)の両立の試みといえる。多くの国々が直面し、今も模索し続けているこの関係をフィジーがどのように作り上げていくのか。今後の動向が注目される。
 


(1)フィジーの「国民統合」、「複数政党政府」については、東 裕「フィジー国民統合と『複数政党内閣』制」(「憲法研究」第32号、憲法学会)を参照されたい。チョードリー政権成立の経緯と分析については、東 裕「フィジー諸島共和国の新選挙制度とその思想」(「パシフィック・ウェイ」112号、(社)太平洋諸島地域研究所 )、小川和美「フィジー新政権成立の分析」(同)に詳しい。
 
(2) 本稿は「RIPE FOR CHANGE」(『THE REVIEW』2000年2月号)及び 「POLITICAL TURMOIL」(同3月号 )をもとに加筆、再構成したものである。
 
(3)ALTA問題について。フィジーは国土の8割がフィジアンの共有地で、先住民保有地信託機構(NLTB)の管理下にあり、売買が不可能となっている。この共有地は農地貸借法(ALTA)によって、貸し借りが可能となっており、今まで主にサトウキビ栽培のインド系農民が借り受けてきた。ここ数年、契約が満期となる農地が増加しており、これを期にフィジー系地主は土地の自由活用を望む一方、インド系農民は契約更新し今後も継続使用を望んでおり、利害は対立している。詳しくは小川和美「チョードリー政権の6か月」(「南太平洋シリーズ」South Pacific 1999.12、(社)日本・南太平洋経済交流協会)参照。
 
(4) この発案者と言われているブネは、その後大フィジアン連立の話し合いに1度も出席しておらず、一線を画しているため、「フィジアンの信頼を失っている」といわれる。
 
(5) 5月の総選挙で採用された選択投票制下の選挙結果分析と選挙制度別獲得議席数比較についても、前掲、東、小川の「パシフィック・ウェイ」112号所収論文参照。