PACIFIC WAY

巻頭言・IT事業と太平洋島嶼国

小林泉(こばやしいずみ)


 今年になって、日本ではやたらにIT(情報通信技術)という言葉が使われるようになった。直接の原因は、森総理がIT元年を宣言し、情報通信インフラ整備の予算を大幅に盛り込んだことや沖縄サミットでも日本がこの問題での国際協調を中心話題の一つに組み込んだことなど、政府の旗振りが急加速したからだ。去年の今頃は何のことだか、いや、そんな言葉の存在さえ知らなかった人々が盛んにITを連発している所以もそこにある。

 それだけ世の中の動きが速くなったと考えるべきか、流行に乗り遅れまいとの恐怖心や新しいもの好きの軽さ故なのか私には定かではないが、IT問題は島嶼地域の開発という観点からも議論される機会が増えている。4月に宮崎で行われた「太平洋・島サミット」の成果として、日本が島嶼諸国のIT事業支援のための援助金としてUNDP内に100万ドルの基金を作ったのも、これにより島嶼諸国内でITを利用した国家開発への検討を促進してもらいたいとの意図からである。

 しかし、一般民衆の利用度はともかく、島嶼諸国の政府レベルにあっては、もともと新しい通信技術への関心はかなり以前から高かったと言っていい。サモアやトンガなどのラジオの普及率は世界的にみても上位にランクされているが、これは離島間の連絡にラジオや無線機が主流だったからである。また、南太平洋大学(USP)では情報通信のネットワークを利用した遠隔教育が20年も前から始まっていた。このように、島嶼が散在するこの地域での国家建設や地域連帯の最大の障害の一つが相互のコミュニケーション不足にあることを、リーダーたちは十分認識していたからだ。また、経済開発においても、人口密集地域からの遠隔性や隔絶性が最大の不利条件であることは周知の事実である。それゆえ、新時代の情報通信手段を活用できれば、かなりの部分の不利要因を除去し、経済開発や住民福祉の向上に貢献できると考えているのである。実際に、IT活用によって飛躍的な島嶼社会の改革が様々に構想されうるだろう。

 しかしながら、肝心なのはハード部分の問題である。情報通信のインフラストラクチャーを自力で整備するのは、島嶼国一般に不足している従来の社会基盤を整えるよりも遙かに難しい事業になる。通信衛星にしろ海底ケーブルにせよ、これら基本インフラを自国の資金力で設置することは、現在の人口密度による経済性からいってほとんど期待できないからだ。であれば、おのずと国際協力に依存しなければならない分野になるのではないか。島嶼地域で使われている電話は通信衛星を使った無線方式であり、海底ケーブルで繋がっているのは唯一フィジーだけで、それも従来のアナログ用ケーブルが一本通じているに過ぎない。島嶼が散在するこの地域にとっては、無線による通信網が島々にまで広く行き渡ることになれば画期的で、従来の離島観は一変するだろう。ただ、こうした技術の普及にも先進国からの協力は不可欠だと言っていい。

 このように本格的なIT事業を島嶼地域で推進して行くために、当面のところ何が必要なのかを知ることは容易だが、問題はそれに日本がどのように関われるかだ。基本インフラの整備という経済性に合わない分野だけに、民間からの独自の協力はほとんど期待できないだろうから、その牽引的役割を果たすのは結局のところODAになる。ところが、情報通信の基盤整備を具体的に考えていくと、現在の日本の援助スキームでは対応できにくい事柄が少なくない点が気がかりである。たとえば、多目的、多国間で利用できる通信衛星を打ち上げることはできないだろうし、設置後に民間事業としても使われる可能性のある海底ケーブルの無償供与設置も現在の援助形態のどこかに入れ込むとしたら難しいかもしれない。

 ハード面だけでなく、それに関わる諸問題を解決していくには、日本だけでなく、他の援助国の官と民の双方との協力支援体制が有効であろうし、技術の発展や時代の要請に素早い対応ができるような、援助スキーム自体の検討も試みなければならないだろう。被援助国の側もさることながら、日本国内の援助体制のあり方を見直すことも新しい時代の援助には求められるのである。

 コミュニケーションとは、友好関係や外交行為の基本そのものなのだから、その重要な手段を日本の協力で充実してあげることができれば、日本と島嶼地域との関係は今よりもずっと近づいてくる。コミュニケーションは双方の問題であって、相手の利益がこちらの利便性にもつながるだけに、IT支援の本格的体制を構築することが望まれるところだ。