PACIFIC WAY

  パラオ総選挙に向けて
   −大統領予備選挙終了、11月7日本選挙−

上原伸一(うえはら しんいち)


 パラオでは9月26日に大統領予備選挙が行われ、その結果トミー・レメンゲソウ・Jr.(現副大統領)とピーター・スギヤマ(現上院議員)の両氏が本選挙に進むことになった。予備選終了後の9月29日から10月3日まで首都コロールを訪ねて行った取材をもとに、総選挙に向けてのパラオの状況をリポートする。
 
○選挙の仕組み
 パラオの選挙制度については今迄も何回か『ミクロネシア』(現『パシフィックウェイ』)誌上で説明して来たが、今回の選挙をリポートするに当たりあらためて簡単にその仕組みを紹介しておく。パラオでは、大統領及び副大統領の任期は4年で、大統領は連続して2期までしか務める事が出来ない。この規定によりナカムラ現大統領は、いまなお強い人気と影響力を保持しているが、今回は大統領に立候補することは出来ない。

 大統領及び副大統領選については、立候補者が3人以上いる時は予備選挙を行い、上位2人のみが本選挙に進むようになっている。これは1988年の大統領選でニラッケル・エピソン氏が僅差(31票差)でローマン・メチュール氏に競り勝った際、ローマン氏が開票の不正を主張し裁判で争われることになった事例を踏まえ(結局ローマン氏の主張は認められなかった)、そのような事が起こらないよう1992年の選挙から取り入れられた制度である。尚、パラオでは大統領・副大統領はアメリカのようにランニングメイトにはなっておらず、別々に国民によって直接選挙される。そのため、立場の違う大統領と副大統領が選ばれる事もある。大統領オフィスと副大統領オフィスも車で5分から10分程度離れたところにある。

 国会は上下両院からなり、両院とも任期は4年である。上院は、人口に応じて議席数が定められる。この議席は、8年ごとに開かれる議席配分是正委員会によって見直しが行われる。前回までは、全国を3区に分け14名の定数が割り当てられていたが、今回見直しが行われ、全国1区で9名に削減された。下院は各州1名の代表から成る。16の州があるので16名が定数となっている。下院については、憲法の改正がない限り定数の変更はない。

 上下院とも任期が全く重なっているため、毎回同日に総選挙が行われる。正副大統領も、総選挙時に同時に選出される。正副大統領に関しては、今まで2人の大統領が暗殺されているため(第2代選出大統領ラザルス・サリー氏については自殺説もある)、総選挙と正副大統領選挙がずれていた時期もあったが、2回の暗殺後、結局総選挙と同じ日に行われるように戻った。

○大統領予備選挙

 今回の大統領選挙には、トミー・レメンゲソウ・Jr.現副大統領、ピーター・スギヤマ現上院議員、サントス・オリコン現上院議員、ビリー・ クワルティ現教育大臣、ベン・ロベルト現アンガウル州知事の5人が立候補したため、9月26日に予備選挙が行われた。

 予備選挙の開票は、当日の夜9時から行われ翌日の夜9時には終了した。前回の選挙の時からコンピューターを利用した新たな開票システムが取り入れられており、前回は新システムへの不慣れのため開票に少々手間取ったが、今回はスムーズに開票が進んだ。但し、海外在住者の票は10月3日夜の搬入のため、その分を合わせた不在者投票分の開票は10月4日以降に行われ、公式に結果が確定したのは10月8日であった。   

 筆者がパラオを訪問した段階では、不在者投票分の票はまだ開かれておらず、国内在住者の開票結果に基づいて取材を行った。今回の有権者総数は13,114、不在者投票を除いた投票者数は7,617であった。この段階で、1位トミー・レメンゲソウ・Jr3,073票、2位ピーター・スギヤマ1,821票、3位ビリー・クワルティ1,397票、4位サントス・オリコン1,101票、5位ベン・ロベルト147票で、トミー・レメンゲソウ・Jrとピーター・スギヤマの2人が11月7日の本選挙に進むのは事実上確定していた。

 ピーター・スギヤマ氏は、昨年9月の段階では「大統領か、副大統領か、上院議員か立候補を迷っている」状態であった。今回、筆者の取材に対し、大統領選立候補の理由について、「ナカムラ大統領の2期8年の間に、パラオは独立を果たし国際社会の一員として認められるようになっただけでなく、国内においても様々なインフラ整備や開発が進んだ。それについてナカムラ大統領の功績は大きいが、議会サイドからこれを支えてきたのは私である。とくに独立後の開発・発展に関しては日本の援助によるところが多いが、その点について副大統領の寄与しているところは少ない。2期に亘る副大統領の実績と言うが、トミー・レメンゲソウ氏はナカムラ大統領の指示に従ってアメリカとの交渉をして来たにすぎない。パラオにとってアメリカと日本は共に大事な国である。しかしながら、アメリカからはコンパクト以外の援助を今後期待する事はあまり出来ない。しかも、コンパクトによるインフラ整備資金は既に殆ど底をついている。一方、パラオはまだインフラ整備が必要である。その援助を期待できるのはやはり日本。台湾からの投資は確かにあるが、国際社会における立場の問題もあり、日本と同じレベルで考える事は出来ない。今までの日本との交渉を議会側で支えてきたのは私であり、私はナカムラ大統領と同じく日系人である。日本との関係を重視して今迄の流れを継続するならば次期大統領には私が適任である。それと共に伝統と年功を重んじるパラオ社会に於いてトミー副大統領は若すぎるため、年配の人達から大統領への立候補を要請された」と語った。
 
 本選挙の見通しについては、「確かに私とトミー副大統領との票差は大きい。しかしながら、現段階では2位と3位の票を併せれば彼の票に並ぶし、4位のサントス氏の票まで入れれば逆転する。独立国としてパラオの自立を果たすためには、次期大統領は中央政府より州政府を育てて行かなければならない。今迄、コンパクトマネーを使い過ぎて来た。その過程で中央政府が肥大してしまった。トミー副大統領は、その間の行政大臣でもあり、州をアシストして力をつけて行く仕事が出来るであろうか。今迄この国を引っ張って来たのはナカムラ大統領であってトミー副大統領ではない。今回の大統領選でトミー副大統領の他に4人もの候補者が立ったが、その意図は、トミー副大統領が次期大統領になるのを阻止する事で一致している。従って我々は連合を組んでトミー副大統領に対抗することが出来る。そうなれば逆転は十分可能である。既にビリー・クワルティ氏とサントス・オリコン氏とは話をして、協力の約束を取り付けている。ベン・ロベルト氏も賛同してくれるだろう。確かに、ナカムラ大統領はトミー副大統領を支持しており、多くのパラオ人が彼の選択を受け入れるであろう。特に若い人達はトミー・レメンゲソウ氏を支持している。しかし、年配の人達はそうではない。私は使命を感じているし、希望を捨てていない。」と熱っぽく語ってくれた。普段は淡々とした話しぶりのスギヤマ氏なので、彼の並々ならない決意が感じられた。

 ナカムラ大統領は予備選挙の結果について、「私はトミー副大統領を支持しており、予備選の結果は当然の事と受け止めている。海外票が開けば、彼の得票率は更に増えるであろう。彼は副大統領として8年の経験があり、日本にも行った事がある。若い人にチャンスを与えていくべきだと考えている。スギヤマ氏も大変有能な政治家であるが、この差をひっくり返すのは困難だろう。」と語っていた。

 今回の取材では、スケジュールがずれてしまい、残念ながらトミー副大統領には会えなかったが、副大統領オフィスのスタッフは、本選挙に向けて自信と余裕を見せていた。

 予備選挙の最終結果は、投票総数9,223(投票率70.33%)、有効投票総数9,209(投票率70,22%)、1位トミー・レメンゲソウ・Jr3,980票(得票率43.15%)、2位ピーター・スギヤマ2,050票(得票率22.23%)、3位ビリー・クワルティ1,673票(得票率18.14%)、4位サントス・オリコン1,244票(得票率13.49%)、5位ベン・ロベルト156票(得票率1.69%)であった。ナカムラ大統領の言った通り、トミー副大統領は海外在住者票で強さを見せ、海外在住者票1,266の内59.7%を占める756票を獲得した。

○本選挙の行方
 その後パラオからは、ピーター・スギヤマ氏の言っていたように、予備選2位以下の候補による大連合が成立したとの情報が入って来ている。現地では一部で大連合により、大逆転の可能性が出て来たとの見方も出ている。

 確かに、トミー副大統領の得票は43%強に留まっており、他の候補者の票を全て合わせれば数字の上では逆転もあり得る。しかし、候補者同士の連合が成立しても、それぞれの支持者がその連合にそのまま付いて行くかどうかは別問題である。パラオでは、選挙の際にまずは親戚、次に知人・友人、それから候補者の人柄、政策の順で投票相手を決めると言われている。候補者の連合が支持者の連合にまで及ぶかどうかは全く分からない所以である。しかも、ピーター・スギヤマ氏とサントス・オリコン氏は上院では親大統領派と反大統領派に分かれ、1997年には1カ月余に亘って議長の座を争った仲である。

 更に、パラオはアメリカ型猟官制を取り入れており、政治家が変わるとそれに従い上級の役人も全て入れ替わる。そのため本選挙では、人々は“勝つ候補”に投票をしようとする。その点からすると、トミー副大統領の得票は、ピーター・スギヤマ氏の倍近くあり、これをひっくり返すのは至難の業と言える。

 又、海外在住者の票についてはトミー副大統領の優位は動かないだろう。海外在住者にとって、大きな失点がない限り現職の大統領や副大統領の功績は見え易く、短期間でピーター・スギヤマ氏が追い上げるのは難しいと思われる。

 一方、今回の予備選の投票率は70%とパラオとしては低かった。本選挙は大統領選や国会議員選挙と同時であり、投票率は80%前後かそれを超えるものと予想される。今回投票しなかった人達の票が1,000〜1,500票増えることになる。11月7日迄の動きでこの票を取り込むことが出来れば、スギヤマ氏陣営としては海外票に於ける劣勢を挽回する事が出来る。逆に、トミー副大統領の陣営がこの票の取り込みに成功すれば彼の勝利は確実だろう。

 ちなみに、1992年の予備選挙の投票率は約73%、本選挙は85%弱であった。1996年は、予備選挙77%、本選挙79%である。1992年は、現職(当時)のエピソン大統領に、ナカムラ副大統領(当時)とジャンセン・トリビューン氏の3人が立候補、予備選でエピソン氏が敗れ、ナカムラ氏とジャンセン氏が本戦に進んだ。この時、予備選の得票はジャンセン氏3,188票、ナカムラ氏3,125票、エピソン氏2,084票であった。ナカムラ氏とジャンセン氏の差は僅か53票であったが、敗れたエピソン氏がジャンセン氏を支持したためナカムラ氏は圧倒的に不利とみられていた。しかし、本選挙では“グラスルーツピープル”の力を結集したナカムラ氏が134票差で大逆転を果たした。1996年の選挙では、ナカムラ大統領、ジャンセン・トリビューン氏、南部大酋長アイバドルの3人が立候補した。予備選挙ではナカムラ氏1位、ジャンセン氏2位となったが、直後にK−B橋の崩落があり、ジャンセン氏が本選挙を辞退したためアイバドルが繰り上がって本選挙に臨んだ。結果は、ナカムラ氏6,052票、アイバドル3,356票でナカムラ氏の圧勝であった。ナカムラ氏の得票率は59%を超え、その人気は確固としたものであったが、一方でそれまでの大統領選で1,000票以上獲得した事の無かったアイバドルに3000票を超える得票があったという事は、それだけの批判票も存在していたと言う事実を示している。1992年の時とは状況が違うが、2期8年続いた現職の正副大統領コンビに対する批判票を集めて、本選挙において大逆転が起こるのか、その可能性はピータースギヤマ氏自身も認めているように決して大きいとは言えないが、11月7日本選挙の結果が注目される。

 いずれにしても、今回の大統領選挙は21世紀初頭のパラオの方向性を大きく左右するものである。トミー副大統領が当選すれば、中央政府を中心とした開発路線が進められて行くだろう。スギヤマ氏は、上院においてはナカムラ大統領の重点開発政策を支持して来た親大統領派の中心であったが、彼が当選すれば地方(州)に重点を置いてじっくりと地力をつけていく形の開発政策が進められるだろう。本人達も認めているように、トミー副大統領の支持者の中心は若者・親米派であり、スギヤマ氏の支持者は年配者・親日派が中心になっている。州政府重視は、今回の筆者の取材でアイバドルが強調していた事でもあり、年配者には“伝統保持派”も含まれていると考えて良いだろう。       

○副大統領選
 副大統領に立候補しているのは、サンドラ・ピエラントッチ上院議員とアレン・シード下院議員の2人である。立候補者が2人であるため予備選は行われなかった。

 この2人は叔母・甥に当たる親戚同士である(サンドラ氏が叔母)。前述の様に、パラオでは投票者選択基準の1番目は親戚関係である。このような場合、親戚同士のぶつかり合いが起こらないように今迄は何らかの調整が図られて来た。しかし、今回は極めて近い親戚同士が2人だけで1つの椅子を争うことになった。この点は、政治面に於ける発展・近代化の表れと言えるだろう。

 アレン・シード氏は、コロール選出の下院議員で、歳出委員長を務めたり、1994年の独立記念式典で司会者を務めたりと派手な活動をして来た。ビジネスの面では、外国からの投資を受けて民間での開発を積極的に行っている。台湾資本によるパレイジアホテルの開発を実現したのは彼であり、現在中断しているホンコーリゾートホテルの開発も、台湾資本と彼の共同事業である。親ナカムラ大統領派であり、ナカムラ大統領と共に日本へも何度も来ており、日本資本によるアイミリキのゴルフ場開発も手掛けている。今や民間積極開発の旗手といった感じであり、選挙運動に於いても、Tシャツを積極的に配り歩く等(パラオでは、支持者にTシャツを配る事は普通に行われており、選挙後も候補者名の入ったTシャツを着て歩いている人を良く見かける。尤も、Tシャツに名前が書いて有る候補者にその人が投票したかどうかは定かでは無い)派手な運動を繰り広げている。

 サンドラ・ピエラントッチ氏は、1992年の選挙の際、副大統領に立候補しトミー・レメンゲソウ・Jr氏を相手に善戦した。商工会議所を中心に活動を行い、1996年の選挙で上院議員に当選、反ナカムラ大統領の立場を貫いて来た。一般的な人気はアレン・シード氏の方が上だと思われる。しかし、今迄サンドラ・ピエラントッチ氏は、民間ビジネスの場で活動して来た事もあり、環境保護に熱心な女性グループの支持が得られていなかったが、今回は開発に慎重な姿勢を見せ、女性グループの支持を受けており、選挙戦の情勢は拮抗しているものと思われる。

 10月3日に、アレン・シード氏とサンドラ・ピエラントッチ氏との間で話し合いが持たれた。アレン・シード氏によれば、ファミリーとして揉める事の無いよう、互いにネガティブキャンペーンをしない事や、どちらが当選しても相手方は当選者を助けて行く等を確認したと言う事である。又、副大統領の候補者は少なくとも2人は必要である、という点でも一致した。「彼女は投資・開発に消極的で、環境を守る事を前面に押し出している。御存じのように私は積極開発を行っている。要するに、彼女は今を守ろうとしており、私は明日を開こうとしていると言う事だ。二つの異なる選択肢が国民の前に提示されたのは良い事だと思う。」と、シード氏は語っていた。                         

○国会議員選挙
 上院は、今迄の全国3区定数14人が全国1区定数9人と変更されたところに25人が立候補、大激戦・大混戦となっている。現職の内、ダイジロー・ナカムラ氏(現ナカムラ大統領の実兄)が引退、ピーター・スギヤマ、サントス・オリコン両氏は大統領選に転身、サンドラ・ピエラントッチ氏は副大統領選に転身したが、現職の立候補者だけで10人と新定数の9人を超えている。そこへ下院から、スランゲル・ウィップス、イグナシオ・アナスタシオ両氏が鞍替えして立候補している。更に、ウエダ厚生大臣、チン法務大臣の2現職大臣にテミー・シュマル大統領府官房長官も立候補している。

 現職候補にとって大変なのは、まずは区割りの変更である。全国1区となったため、第3区(ペリリュー以南)選出議員ハルオ・エサン氏は従来の選挙区からの得票だけでは当選は無理である。コロール地区選出議員は本島の票を、第1区(カヤンゲル及びバベルダオブ)選出議員はコロールの票を獲得しなければ当選は見込めない。スランゲル・ウィップス現下院議員は、出身のガスパン州の地盤が固い上に、コロールで広くビジネスを展開していてコロールでの評判も良く、当選の可能性は高い。とすると、少なくとも現職の上院議員で2人が落選することになる。まさに大混戦で、実質的な戦いは、現職議員、下院からの転身組、現職閣僚及びテミー・シュマル官房長官に限られるのではないだろうか。それだけでも13人になる。その中で唯一の女性候補ロリータ・ギボンズ氏がどの位得票するかは一つの見どころである。人気のあるラジオのパーソナリティー、アルフォンソ・ディアズ氏は“パラオの選挙”を考えるとなかなか当選は難しい。

 下院では、現職議員が副大統領選或いは上院議員選に転出したコロール、ガスパン、エサールの3州を除く13州で現職議員が立候補をしている。こちらでは、基本的に現職が優位だと思われる。アレン・シード氏が副大統領選に転出したコロール州では、1997年11月の州知事選でアイバドルの弟ジョニー・ギボンズ氏に67票差迄肉薄したホッコンズ・バウレス氏の結果が注目される。又、現職優位の中では、ペリリューの新顔立候補者ジョナサン・イサエル氏は、前回の選挙で上院第3区で269票の書き込み得票を得ており、ペリリューの有権者総数は924人なので、波乱の可能性もある。
 
 本稿が、『パシフィックウェイ』に掲載されて読者の手元に届く頃には、選挙の結果速報が日本にも届いていると思われる。本稿が、読者諸氏の選挙結果分析に少しでも役立てば幸いである。(10月22日脱稿)