PACIFIC WAY

パラオ新政権スタート
  −新たな展開へ、困難な舵取り求められて−


上原 伸一


 昨年11月7日に、正副大統領選挙及び国会議員総選挙が行われ、トミーレメンゲソウ新大統領始め2001年から4年間のパラオの新体制が決定した。今回の選挙の総括と新政権の展望をリポートする。

<1>選挙の結果
正副大統領選挙
 トミー・レメンゲソウ・Jr.前副大統領が大統領選挙を制し、第5代選出大統領(第7代大統領。今迄に2人の大統領が暗殺され、憲法の規定によりその時の副大統領が大統領に就任しているため選出大統領と歴代大統領の数に違いがある。大統領暗殺後に副大統領から大統領に就任した2人は共に次の選挙で落選しており、政治的には選出大統領が重要)に選ばれた。トミー・レメンゲソウ氏5596票(52.21%)、ピーター・スギヤマ氏4922票(45.92%)の小差であった。

 予備選では、トミー・レメンゲソウ氏3980票、ピーター・スギヤマ氏2050票とかなりの差があり、現職の副大統領であるトミー・レメンゲソウ氏の楽勝かとも思われた。しかし、予備選で敗れた3人の候補者が全てピーター・スギヤマ氏につき、反トミー大連合が結成された。この結果、ピーター氏自身が語っていた様に「苦しいが可能性はある」選挙となった。

 今回の大統領選の争点は、2期8年に亘って行政を担当し、その間に独立を達成させ、独立後6年間パラオの発展をリードして来たナカムラ=トミー路線を21世紀も続けるか否かの1点であった。ナカムラ氏は、8年に亘り自らの副大統領を務めて来たトミー・レメンゲソウ氏を支持し、トミー氏もナカムラ路線の継承を掲げた。一方、予備選に立候補したトミー氏以外の4人のうちビリー・クワルティ氏はナカムラ政権の教育大臣、ピーター・スギヤマ氏は親ナカムラ派の上院議員であった。彼等にとって、トミー・レメンゲソウ氏がナカムラ路線を後継した場合、

1.日系のナカムラ氏と比べ、パラオの重要な援助国である日本との結びつきが薄い

2.彼の行政経験は全てナカムラ政権の下で学んだものだけであり、大統領として十分ではない

3.年配者を大事にするパラオ社会では年が若すぎる

といった問題点があるとスギヤマ氏は語っていた(パシフィック・ウェイ116号「パラオ総選挙に向けて」参照)。こうした問題点に加えて、独立後6年、コンパクト期間の3分の1以上が過ぎ、今後のパラオの自立を図るのに果たして今迄通りの開発政策で良いのかという基本的な問いかけがある。ビリー・クワルティ氏もピーター・スギヤマ氏もこれ迄はナカムラ前大統領の路線を基本的には支持してきた。しかし、今後の展開となると今迄の路線の継続で良いかどうか、開発と保護(自然環境及び伝統を含む社会環境)のバランスをこれから先どの様に保つのか、についてトミー・レメンゲソウ氏が今迄の路線を継続することに疑問を持ち大統領選に立候補したという共通の基盤が有る。そこの部分では、反ナカムラの急先鋒であったサントス・オリコン氏とも繋がる。かくして反トミー大連合が成立し、根本的には今迄の路線を踏襲するかどうかを巡って大統領選が繰り広げられた。

 本選挙におけるもう一つのポイントは候補者個人に係るもので、トミー氏は若者・親米派の支持が中心で、スギヤマ氏は年配者・親日派の支持に基盤を置いていた。

 パラオの大統領選挙における連合の難しさは過去の選挙が示している。今迄、大連合が成功して来た事は殆どない。現職副大統領の強味、今なお人気と実力を誇るナカムラ氏の支援を考えると、スギヤマ氏の大連合による追い上げは必ずしも容易ではないと思われた。しかし、11月7日が近づくにつれ、接戦の予想が現地から入って来る様になった。結果としては、トミー・レメンゲソウ氏の勝利に終わったが、開票当初コロール分についてはスギヤマ氏がリードしていた程の接戦となった。

 スギヤマ氏への票はナカムラ路線を継承するトミー政権に対する批判票と言えよう。大きな路線問題を巡る対立点があったから、大連合によりこれだけの接戦になったと言える。

 一方、叔母・甥対決となった副大統領選は、叔母のサンドラ・ピエラントッチ氏が5632票(52.35%)対4790票(45.82%)で勝利を収めた。サンドラ氏は、エピソン大統領時代の後半に行政大臣を務め、1992年の選挙で副大統領に立候補、トミー・レメンゲソウ氏を相手に善戦し注目を集めた。その後、パラオ商工会議所会頭として民間部門の経済活性化を唱えて来た。1996年の選挙で上院議員に当選、1997年から2000年まで上院議員を務めてきた。1996年時点でも大統領選への立候補を模索する等、政治的野心は強い。今回の選挙では、何に立候補するのかの決定が遅れ、副大統領選のキャンペーンのスタートは遅れた。これに対し、甥のアレン・シード氏は下院議員として実績を積み重ね、実業家としても台湾資本と結び付いてパレイジアホテルを経営する等、ここ数年とりわけ活発に活動を行って来た。その実績を背景に早くから副大統領立候補を表明し、派手なキャンペーンを展開して来た。
昨年前半は、副大統領候補が確定しない状況で、アレン・シード氏だけが積極的に運動を展開し、ナカムラ大統領(当時)の支持も取り付け、一歩優勢とみられていた。しかし、前号でも触れたように、サンドラ・ピエラントッチ氏はそれまでは民間部門の経済活性化を主張し、環境保護と伝統擁護を主張する女性団体(パラオでは女性が伝統社会で重要な位置を占めており、女性団体は政治的にも力を持っている)と反対の立場に立っていたが、今回の選挙では環境保護を打ち出し、昨秋女性団体の支持を取り付けるのに成功した。この結果、10月時点ではサンドラ・ピエラントッチ氏がやや優勢になったと見られていたが、その通りの結果となった。

国会議員選挙
 上院は、定数是正により、3区14人から全国1区9人に変更され大激戦となった。現職だけで10人が立候補した上に、ナカムラ政権の大臣級3人、下院議員、からの鞍替え2人を含む25人が立候補、誰が落選してもおかしくない状況であった。結果は、コロールで強いと言われていた人達は、ほぼそのまま当選した。トップ当選は、下院から鞍替えしたスランゲル・ウィップス氏で、現職は4人しか当選しなかった。選挙前から定数削減と共に、全国1区になる事による影響が言われていたが、その通りコロール中心の選挙となった。

 パラオでは、極端に首都コロールへの集中が進んでおり、人口の約70%がコロールに集まっている。パラオの選挙制度では、選挙登録は原則として出身州別に行われるが、本島や他の島の出身でコロールに居住している人は数多く、そういう人達はコロールの投票所で投票する事が出来るようになっている。そのため、投票者数で言えばコロールに住みコロールで投票する人が圧倒的に多い。今迄は、本島以北、コロール、ペリリュー以南と3地区に分かれていて、有権者は自分の出身登録地の立候補者に(どこで投票するかと言う事は関係無しに)投票する事になっていた。これにより、コロールへの人口集中が進んでも、地方とコロールとのバランスが保たれる仕組みになっていた。しかし、元々パラオの憲法では下院は各州1名の代表から構成するが、上院は人口に基づいて選挙区及び定数を決める事になっている。出身州を離れてコロールに定住する事が一般化し、コロールへの人口集中が進んだ現状に合わせ今回の上院定数是正が行われた。この定数是正に関しては、地方の権限が弱くなるため、全国1区は不当であるとの提訴が起こされたが、憲法の規定・趣旨に鑑みこの提訴は退けられた。

 結果としては、懸念された通りコロール中心の議員構成となった。他州出身でもコロール在住の人々は、現在コロールで活躍している人々に投票する傾向が強く、それがそのまま選挙結果に反映された。スランゲル氏は、ガスパン出身だがコロールで手広く事業を展開している。新人で当選した4人は皆コロールを中心に活動し有名な人々。現職で当選した4人の内2人はコロール出身(旧第2区、コロール)、残りの2人は本島出身(旧第1区、本島以北)で前回旧第1区1・2位当選者。ペリリュー以南(旧第3区)から選出されていたハルオ・エサン氏は落選した。

 選挙終了後、上院議員に関して大きな問題が起こっている。司法大臣から上院に立候補して当選したカムセック・チン氏に対し、議員資格が無いとの訴えが最高裁に提出された。それに対し、選挙管理委員会は正式に上下両院議員の当選を発表した。パラオ憲法第9条第6項では、国会議員になる資格として「選挙に先立って(直前に)5年以上パラオに居住していること」を定めている。チン氏は、長い間アメリカで米軍の将校を務めて来た。1997年ナカムラ大統領により司法大臣に指名されたが、パラオに帰国したのはその少し前と言われており、そうすると選挙直前5年間パラオに居住していなかった可能性がある。その点でチン氏は議員資格が無いというのが訴えの趣旨である。これに対し、チン氏は「アメリカの市民権を得ていたことはないし、パラオで生まれてパラオの市民権を有している。居住の条件も満たしている」と反論している。最高裁審理部は「憲法の規定上、上院議員の資格を判断できるのは上院のみである*」として訴えを却下した。控訴を受けた最高裁控訴部は、実質審理をするよう審理部に差し戻しをした。一方、上院資格委員会でも検討が行われている。上院資格委員会では、チン氏に対し自らの主張を裏付ける証拠を提出するように求めている。現段階ではチン氏の上院議員資格は確認されておらず、上院は9人の定員に対し、1名減の8名のメンバーで運営されるという異常な事態になっている。

 下院は、16人の内、現職が10人、新人又は元職が6人という構成になった。コロール、ガスパン、エサールの3州については現職議員が副大統領選あるいは上院議員選に転出したため新人が選ばれたもので、こちらは大きな変動はなかったと言える。目立つのは、オギワル州で環境保護運動家のノア・イデオン氏が現職に僅差で勝った事、アイライ州で現職が敗れた事であろう。

 国会議員全体にとって大きな問題となったのは、昨年12月に最高裁控訴部が確定した判決である。1999年に特別検察官によって提訴されたこの問題は、憲法の規定に基づく国会議員の資格に関するもので、「国会議員は在職中その他の公職に就く事は出来ない」という規定があるにも拘わらず多くの国会議員が他の公職に就いていると告発したものである。とりわけ多くの国会議員は各州で何らかの酋長の地位に就いており、その結果、州の立法府や全国酋長協議会のメンバーになっているケースが目立つ。近代化が急速に進むパラオだが、憲法上も伝統的権利は認められており、現実の社会生活においても酋長達は様々な地位に就き、力を発揮している。特に、各州レベルでは、酋長達が州の立法機関や州酋長評議会等に属し現実に公的な仕事を行っている。従来は、パラオでは当たり前の事として認められてきたが、急速に進む近代化の中で国会議員の資格が問題として取り上げられた。最高裁控訴部の決定は、最高裁審理部の決定を支持するもので、国会議員は他のいかなる公職にも就いてはならないとしている*。酋長であるだけで公職に就いているとは必ずしも言えないと、伝統的権利の保持との関係に配慮を示しているが、現実には多くの酋長は州の法律等により何らかの公職に就くことになっている。結果として、国会議員でいるためには酋長位を譲るか代理人に酋長位に伴う公職を任せるしかなくなっている。一方で酋長であり、酋長として活躍する事は選挙に有利に働いて来た。今後こうした構造が変わって行くのか、近代化と伝統保持のバランスが新たな段階に入って来た事を象徴する判決だと言えよう。

<*パラオ憲法第9条第10項「国会両院は各々、選挙と各院議員の資格の唯一の判断者であり、議員を懲戒し、議員の3分の2以上の票決をもって議員を停職またはを除名することができる。国会議員在職中は、その他のいかなる公職、公務にも就くことができない。> 

<2>新体制 
 前述の選挙結果に基づき、今年1月1日から第6次パラオ政府及び国会がスタートした。以下、新体制の顔ぶれと状況を簡単に紹介する。

行政府
 新大統領トミー・レメンゲソウ・Jr.氏は、第2代選出副大統領で第4代大統領(第2代選出大統領ラザルス・サリー氏死亡後約4カ月間大統領を務めた)の父トミー・レメンゲソウ・Sr.氏と親子2代の大統領となる。その点ではアメリカのブッシュ新大統領と同じである。トミー・レメンゲソウ親子は、共に選出副大統領となり、その後大統領となった経緯も同じである。しかし、父は大統領選挙では敗北しているが、今回Jr.は2期8年副大統領を務めた後、大統領に選出された。44歳での大統領就任はパラオ史上最年少である。1984年最年少の28歳で上院議員に選出され、2期上院議員を務めて36歳で副大統領に選出された。これも最年少記録である。

 上院議員、副大統領、大統領と最年少記録を作って来た新大統領トミー氏の政治家としてのスタートは1985年からで、自治政府発足までのアメリカとのタフな交渉経験は無い。行政や外国とのタフな交渉は、副大統領としてナカムラ大統領の下で経験を積んで来た。そういう点ではナカムラ氏を師として学んできた部分がある。ナカムラ政権の8年間にパラオは独立を達成し、各国との外交関係を築き、外国の援助を受けながら社会インフラの整備を進めた。この間にトミー氏は政治家としての経験を積み実力を培って来た。こうした経緯から、また人気・影響力のあるナカムラ氏の支持を選挙戦で生かすために、トミー氏は大統領立候補時点からトミー=ナカムラ連合を掲げナカムラ路線の継承を訴えて来た。