PACIFIC WAY
    
       島嶼を取り巻く国際環境の変化
  

小 林 泉( こばやし いずみ )

 昨年の9月、トンガ国王のツポウ4世が崩御、88歳だった。直ちに皇太子が新国王に即位してジョージ・ツポウ5世を名乗り、国家はそのまま1ヵ月の静かな喪中期間に入った。が、喪が明けて間もない11月中旬に、首都ヌクアロファで暴動事件が発生。切っ掛けは、王制国家であるトンガの民主化を求める民衆による政府への抗議行動だったというが、その実態は民主化運動とは無縁で、事に乗じた社会不満分子らの暴挙だったようである。

  豪州、ニュージーランドから治安維持部隊が派遣されて暴動は2日ほどで完全に収まったが、街の中国人商店や企業ビルが次々に放火されて死者が7名、被害総額は6千万ドル以上にものぼったと伝えられる。トンガ王国はじまって以来の大規模暴動事件で、その後遺症は今も続いている。

  そして12月5日、今度は隣のフィジーで軍事クーデターが起こった。これは1987年、2000年に次いで3度目(87年には連続2回のクーがあったので、4度目と数えることもある)。秋口から危ない気配が濃厚だったが、これが現実のものとなり、ガラセ首相はバイニマラマ軍司令官にその職を解かれた。こちらは国軍が一糸乱れずに動いたため、政変による市民生活への直接的影響は出ず、軍の出動で街の治安はかえって良くなったとの声も上がっている。だが、行政が未だ正常に機能していないことや、情勢に不安を感じた海外観光客らが年末の旅行を控えたことなどが祟り、市民生活への負の影響が徐々に出始めている。同司令官は、一度は民間人医師セニランガカリを暫定首相に任命したが、すぐさま自ら政権を掌握し直しており、軍事政権の行き先は不透明のままだ。(トンガ事情、フィジー事情とも、詳細は本誌関係論文を参照

  トンガもフィジーも、観光業の開発に力を入れてきただけに、イメージダウンは免れないだろう。いずれにせよ、今のところ沈静化しているパプアニューギニアのブーゲンビル紛争や4月に起こったソロモン諸島での暴動、政変劇も含めて、このところ太平洋島嶼地域で見られる一連の物騒な事件は、いずれも欧米人(日本人も含めて)が作り上げてきた「南の楽園」イメージとはかけ離れた出来事だと言っていい。それゆえに、平和なはずの太平洋になぜ? といった意外感を持つ人もいるのだろう。もちろんこれらの一つひとつの事件に、何らの相互関連性はない。いずれも、それぞれの国が有する特有の事情から発生した事件なのだから。

  とはいえ、いずれの島嶼諸国にあっても独立後の十数年間は何も起こらなかったのに、どうして近年になって「イメージの太平洋」らしからぬ出来事があちこちで頻発するようになったのか? それは単に、偶然が重なり合っただけなのか? もちろん、そんなはずはない。そこには起こるべくして起こった、地域に共通する原因があったのだ。その共通原因とは、一つには旧宗主国の対島嶼国関係の変化であり、二つには島々を取り巻く国際環境の変貌にある、と私は見ている。

  そもそも島嶼国はみな、宗主国の保護下で独立を果たし、目指す国家ゴールのあり方も援助によって方向付けられてきた。そして独立後の一定期間を過ぎると、かつての宗主国は援助額や行政方式に関して直接の関与面を縮小していった。もとより経済、行政の自立化は、独立国家が目指すべき当然の方向性だからである。ところが現実的に見れば、そう簡単に先進国型の経済社会が島々に出現するわけはないし、西欧の文化に立脚した行政機構が定着、完成するわけもない。だから、旧宗主国の縛りが緩んでローカライゼーションが進むほどに、独立当時、あるいはそれ以前の地域状況(国民統合の意識が芽生えていなかった状態)が頭をもたげて来るのである。なにせほとんどの国が時期尚早というのに、無理矢理に独立させられたのだから。

  独立国としての形が確立する前に旧秩序が復活してくれば、社会は混乱する。さらにこれに拍車をかけたのが、旧宗主国以外からも流れ込むようになった援助や投資による貨幣経済の波だ。これが外界からもたらされた新たな利権となって国内派閥を生んだり、政権担当者や要人たちの腐敗構造を作り出したりして、国内政治をさらなる混乱に陥れるもととなった。とりわけ、1990年の冷戦終結後に活発を極めている中国の経済・援助活動の影響は大きい。台湾との外交関係樹立の争いも絡んで、対中関係事項が島嶼国政府の政変劇にまで発展するケースさえ、しばしば起こっているのである。

  このように島嶼をめぐる国際関係の情勢変化こそが、近年ポリネシア、メラネシアで続発している紛争の基層原因なのだ。つまり、島々で起きている一連の事件は、旧宗主国の相対的影響力が低下する一方で、自国のガバナンスも含めて、それに代わりうる新たな秩序パワーが出現しないままの混乱状態の中から発生する現象だと理解していいだろう。押し込められたままでいた独立時からの社会矛盾が、ここへきて噴出しはじめたということだ。

 それは、ミクロネシアの自由連合諸国と対比してみれば良くわかる。彼らとて、同様に数々の社会矛盾を包含しながらも大きな社会問題にまで発展しないのは、経済援助を通したアメリカとの結び付きが依然として強いからなのである。
                                     (小林 泉)
        
   

 

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