PACIFIC WAY

          島嶼地域に大使公館の開設
  

小 林 泉( こばやし いずみ

 この1月に、ミクロネシア連邦(FSM)の首都ポンペイに日本大使館が開設され、今年度中にも常駐大使が派遣される。また2008年度には、トンガ王国にも日本大使館の開設が予定されている。相互主義を原則としているだけに、未だ日本に常設の外交使節がないトンガに、日本から大使を送るのは珍しいケースかもしれない。

 現状では、域内12ヵ国のうち日本大使館が置かれているのはパプアニューギニアとフィジーの2ヵ国だから、来年度中には倍増の4大使館となる。それでも域内国の3分の1をカバーするに過ぎないとの声もあるが、臨時代理大使が常駐する分館が置かれているマーシャル諸島、パラオ、そしてソロモン諸島の3国を含めれば、実館の設置は大方6割に近づく。全ての国に実館を置くべきか、それともこの程度で大方間に合うだろうと考えるかは、当然のことながら、この地域とどのような関係を構築したいのかという日本の外交政策に係わる問題として議論されなければならないのであろう。

 現時点の国連加盟国は192ヵ国、そのうち日本は北朝鮮を除く全ての国との外交関係を有しており、126ヵ国に正式な大使館を置いている。大使館の設置率は66%。日本が位置するアジア地域を見ると21ヵ国のうちの20ヵ国、中東地域は15ヵ国の全てに大使館がある。アフリカは全53ヵ国で、大使館があるのは28ヵ国にしか過ぎないが、近年のアフリカ重視政策に則って、これから増やして行くと表明したのは、麻生前外務大臣だった。

  このように地域単位で大使館状況を眺めると、面白いことに、ここにも日本外交の重点の置き方が鮮明に表れているのが分かる。とすれば、太平洋島嶼諸国への国家的関心度は、いまいち低いとも言えそうだ。私がこんな発言をしたら、「関心度の問題ではない。人口一万人あるいは数万人の国に、大金を掛けていちいち大使館を設置する意味があるのか否かの問題です。交渉や交流の必要が生じた時に担当者を派遣した方が、よほど効果的かつ効率的。常駐者を置いても暇をもて余すだけではないですか」とある人は言った。

  経済的な観点から考えれば、確かにそうだろう。しかし、容易に経済価値で換算できない諸々の事項を含んでいるのが、外交的成果というものだ。たとえば、FSMには日本の臨時代理大使が常駐していたのだから、地元政府との交渉事や情報収集、邦人保護といった大使館実務に、とりわけ支障が生じたわけではなかった。それでも、予算を増やして正式大使が常駐する大使館への昇格に踏み切ったのは、国家威信の向上や駐在国との信頼関係の醸成といった見えにくい部分に重きを置かざるを得なかったからだ。というのも、「臨時代理大使」という存在は、地元政府には甚だ受けが悪かったのである。
 
  それは、正式な大使を置いている中国やオーストラリアと比べて、「日本はミクロネシアを軽視している」と彼らの目には映ったこと。また、形式だけの日本大使が、信任状をもってフィジーから来る(駐フィジー大使がミクロネシア3国も兼轄していた)ことにも違和感があった。さらにまた、親日派には「外交儀礼によって、日本の代理大使を他国の大使より格下として扱わなければならない無念さ」を感じさせていた。こうした幾つかの理由で、正式大使の常駐要請が強くなっていたのである。それゆえ、これに応えた日本の大使派遣は、地元政府の心証をすこぶる良くさせた。
 
 ところが、これに気分を害したのが類似の関係にあるパラオとマーシャル諸島だった。「あちらには大使で、我が方にはなぜ臨時代理大使なのだ?」といった不満の声が早くも上がっているし、トンガに日本大使館の開設計画があることを知った隣国サモアもまた、同様の不快感を示している。日本の外交当局は、こうした国々の反応を当然予測していたけれど、国内的な制約があって複数国への同時公館開設ができなかったのである。要するに外交的判断よりも、予算配分をめぐる国内事情を優先させたのだ。

  外交が二国間だけの問題ならば、これでもいい。が、競い合う、あるいは利害の異なる第三国群がある以上、これでは駄目だ。競合者を意識せずに国内事情ばかりに配慮していたら、外交競争で他国の優位には立てない。国際情勢に精通した有能な人材や誠実な実務家が少なくないのに、日本外交や援助行為がしばしば「戦略性に欠ける」と指摘される所以は、ここにもある。

  近年、中国による太平洋への接近が目覚ましい。外交接触の強引さや援助の質に対する評判は必ずしも良好ではないが、首相級人物の島嶼訪問や大国同様の歓迎で応じる中国の対応が、島嶼国リーダーたちの心をしっかり捉えているのだ。長い外国支配を経て独立したばかりの小国は、とりわけ自国の扱われ方について敏感に反応する。そうした相手側の心情に合わせた外交を、中国は実践しているのである。
                                              (小林 泉)

 

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