PACIFIC WAY

      ミクロネシア紀行  
      旅してみれば−美しのパラオ

              <22>ペリリュー  〜ワニ狩り〜
                                     上原伸一(うえはら しんいち)


 
 2007年8月号でペリリューの紹介をしてから、しばらくぶりの「旅してみれば−美しのパラオ」になる。前回の最後に、ペリリューのワニ狩りの予告を書いているので、今回はこれを紹介する。

  狩りに入る前に、ワニの話である。ミクロネシア地域には、元々ワニはいなかったと言われている。現在でも自然の状態でワニが生息しているのは、ミクロネシアではパラオだけだといわれている。

  ワニは大きくアリゲータ、クロコダイル、ガビアルの3種類に分類される。パラオのワニはクロコダイルで、オーストラリア映画「クロコダイルダンディー」に出てくるものと同じ種類。その中でも、淡水、汽水或いは海水に棲むイリエワニと言われる種類のものである。海水に最も強い種類のワニということである。また、ワニの中でも最もどう猛で、人食いワニと恐れられているのがこのワニである。元々は、オーストラリアからパラオに流れて来たと考えられている。船に紛れ込んでいたという説、台風などで流されてそのままパラオに辿り着いたという説、さらには何かの加減で自ら泳いで来たという説まで様々有るが、どのようにしてオーストラリアから辿り着いたかは判明していない。なお、1968年に調査を行った木村亘氏(熱川バナナワニ園初代園長)のレポートによれば、フィリピンワニとニューギニアワニも棲息しているとのことである。これに対し、1989年に調査を行ったシドニー大学のメッセル名誉教授及びフロリダ自然歴史博物館のキング教授は、イリエワニしか見つけ出せなかったと報告している。

  ちなみに、戦前、日本統治時代に日本人が、ワニ皮商売のためにアラカベサンにワニ園を作り、フィリピンワニ及びニューギニアワニを繁殖用に輸入していた。これらのワニは、戦争末期、日本軍人によって多くが食糧とされてしまった。専門家は、このワニが逃げて自然繁殖したとは考えにくいとしている。

  熱川バナナワニ園のホームページでは、イリエワニは、「全長6〜7m位。例外的には10mにもなるというが定かではない。」と説明しているが、パラオのワニはそこまで大きくないのが通常である。アメリカ内務省が作成したかつての信託統治領報告書には、捕獲された大きなワニの写真が掲載されているが、説明では、14フィート10インチ即ちおおよそ4.5メーターと記されている。また、昔、25フィート(約7.6メートル)の怪物級の大物が捕獲されたと記載されている。5メーター級は、少なくとも現在のパラオでは超級の大物になる。

  昔は、バベルダオブ本島の各川や湖に多数生息していたとのことである。小さな川をまたぐ丸木橋から下をのぞくと、ワニがウジャウジャ居たと、戦前開拓に入っていた人達から聞いたことがある。1989年の前述の調査でも、本島の各川や入り江、湖で生息が確認されている。しかし、この頃には棲息数は相当減っており、本島で、日常ワニを見かけると言うことは殆どなくなっていた。

  バベルダオブ周回舗装道路が完成し、交通の便が良くなった現在、エサール州のジャングルをボートで楽しむジャングルリバーボートクルーズが観光客向けツアーとして人気を呼んでいるが、このクルーズではワニを見ることが出来る。餌で呼び寄せているのでほぼ確実に見ることが出来る。しかし、ワニが多いのはまだ開発が進んでいないペリリューである。ということで、筆者は1993年にペリリューのワニ狩り取材をした。

  この時ワニ狩りを行ったのは、コロールでも名人として名前が通っているリチャード3兄弟である。彼らの話では、ワニは昼間はマングローブのジャングル深くで寝ており、夜にエサを取りに入り江に出て来るのでそこを捕まえるということであった。従って、コロール出港は夕方5時。ボートは、和船型の船外機付きモーターボートだが、通常ダイビングに使用するボートの半分ぐらいの大きさである。浅い入り江の中に入っていくので、吃水の出来るだけ小さなボートが良いとのことである。この小さなボートに、狩りを行う3人と、ビデオ撮影のクルー2名、私に今回の手配をしてくれたダイビングショップの日本人マネージャー1名が乗り込む。小さなボートに7名が乗って、夕方にペリリューまで出かけるだけでかなりの冒険気分である。

  幸いにも海は穏やかで、夕陽を浴びてボートは海面を滑るように進んだ。7時前には、ペリリュー島北の入り江の西側に到達、丁度日が沈んで薄暗くなってきたところである。入り江のマングローブ林に沿ってスピードを少し緩めて進んでいくと、ボートの先頭に立っていた長兄が、手に持っていた銛を突然水中に投げつけた。銛が海底の砂に刺さっているところまでボートを戻して水中を覗くと、小さなエイが銛の先端に刺さっている。何と、脇を通りすぎる一瞬に、砂と同じ保護色になっているエイを見つけて、仕留めたのである。その動体視力の良さに、今さらながら感心してしまう。エイを上げようとしたら、するりと銛から抜け落ちて逃げられてしまった。銛の先は鋭利に尖っているが、返しがついていない。そのためエイに逃げられてしまった。実は、ワニ狩りは、ワニを殺して獲物とするのではなく、生け捕りにするのである。ワニは大変に生命力が強いので、銛を2つ3つ刺されても死なない。殺さないために、返しのついていない銛を使うのである。

ボートの先頭から

  入り江の奥に入って行くに連れ、闇が濃くなってくる。30〜40センチぐらいの浅い入り江をゆっくりとボートを進めていく。しばらくすると、小さな声で、「あそこにワニがいる。」と告げられた。こちらには、全くの闇しか見えない。「小さな赤い点が見える。それがワニの目だ。」とのこと。ビデオクルーも含めて必死に目を凝らすがなかなか見分けがつかない。10分、15分目を凝らす。暗やみの中、ゆっくりとボートを入り江の奥へと進めていく。まるで1時間以上経ったような気がする。と、突然赤い点が暗闇の奥に見えた。かなり遠くである。そこに向かいゆっくりボートを進めるが、しばらく進むと赤い点が見えなくなった。ワニが水中に潜って移動してしまったのである。次のワニを見つけるべく、更に入り江の奥へと入っていく。赤い点を見つけては、近づく内に逃げられること数度、なかなかワニに近づけない。8時半過ぎ、急にリチャード兄弟が緊張した。先頭に立つ兄が銛を構えると共に、強力なライトを手に持って照らし、狙いをつけて銛を投げ込んだ。と同時に、弟がボートから降りてワニを捕まえに行く。銛で刺すのは、動きを止めるためで、最終的に捕まえるのは素手である。銛がうまく刺さらず逃げられてしまう。そのままライトを照らし、ワニを追う。1人は素足で海の中に入ったまま追いかけて行く。

  突然大きな叫び声が聞こえた。海に入っているパラオ人の声だ。ワニに襲われたかと冷や汗が噴き出す。ボートの上に緊張感が走った。ライトを向けた先に顔が浮かび上がる。興奮して何かを喋っている。何と、「ワニが股の間をくぐっていった」と話している。恐れおののいているのかと思ったらそんなことはない。確かに驚いたには違いないが、むしろ獲物に接近した喜びに興奮している。人間の狩猟本能を見た思いがした。筆者自体、かつてはバードハンティングをしていたので、獲物に遭遇した時の高揚感は理解出来た。とはいえ、股の間をワニがすり抜けるというような目には遭いたいとは思わない。

  逃した個体を追ってボートでゆっくりと入り江の中を進んで行く。しばらく、逃げて行ったと思われる方向を探したが、その内にあきらめて別のワニを探し始める。ライトの先に、目が輝くのが見えた。ライトを消して、そちらに向かいボートを滑らせる。暗闇の中に、ワニの目が赤く光る。今度は、近づいてライトを照らすと2人が海に入った。両側からワニがいると思われるあたりを追い詰めていく。と、1人が大きな声を出す。ワニを補足したようである。直ちに、もう1人が銛を持って近づき、ワニに突き刺す。今度はしっかりとワニに刺さった。といっても、前述の様に、返しのついていない銛である。1人が銛を押さえている間に、もう1人がワニの尾を抑える。ワニの口は鋭い歯があり、当然凶器となる。しかし、それと同じ位危険なのが、尾だと言う。強い力で尾で跳ね上げられると、大けがを負うことになる。従って、ワニを捕まえる時は、口を押さえるとともに、いかに尾を抑え込むかが重要なポイントになる。頭の後ろの方に銛がささり、その尾を1人が抑え込む。そのままの形で、頭をボートの上に持ち上げる。ボートのヘリに頭を押さえつけて、口をロープで縛りあげる。その後、銛を抜いて、口を引っ張り、尾を慎重に抑え込んでボートに全身を上げる。全長1メートル60〜70センチの小さなワニである。ボートの上で、銛の傷口を抑えてやると、傷口はふさがって殆ど分からなくなる。この位の傷は、ワニにとっては何ということはないようで、問題なく生きている。夜9時前、漸く1匹確保した。

   1匹めのワニを捕獲

  その後、更にワニを求めてボートをどんどん入り江深くに進めていく。目が慣れてくると、所々でワニの赤い目が輝いているのに気がつく。といっても、同時に見えるのはせいぜい2,3匹である。ワニに近づくと、ボートから銛を投げたり、海に飛び込んで捕まえようとするが、その後なかなか上手くいかない。段々、入り江の奥に入り込み、マングローブのジャングルのすぐ際をジャングルに沿う形で進む。すると、1匹のワニを見つけ、3人がボートから降りて一斉にワニに向かった。水の中で何かが動いているのが分かるので、恐らくそれが追いかけているワニなのだろう。そのワニがマングローブの中に入っていった。2人がそれを追ってマングローブのジャングルに飛び込む。根の上に立ち、枝をなぎ払って進む。とても我々が入っていける場所ではない。まさに猿(ましら)の如くである。最初目の前でワニを追い回しているようだったが、その内に奥に逃げられ、猛然とジャングルの中に追いかけていった。あっという間もなく2人の姿が見えなくなり、時々枝を折る音だけが聞こえる。5分ぐらい経っただろうか。2人が帰って来た。どうやら取り逃がしたようである。そのまま、マングローブに沿ってボートを進める。水際のマングローブの根の中に赤い光が見えた。今度は、1人が後ろから回り込むように、マングローブの中に入って行く。1人がマングローブの前で待ち受ける。ワニは向こうから追いやられてきた。待っていた1人が素手で捕まえようとする。すり抜けられて逃げられるが、もう1人がマングローブの根の上から銛で突いてワニを抑える。しかし、マングローブの根が邪魔になって、ワニを捕まえきることが出来ない。1度銛を外すと、ワニは素早く逃げて行く。それを追って人間がマングローブの根の上を走り回る。今回は、早め早めにマングローブの奥に1人が回り込んだ。10分近い追いかけっこの果てに、マングローブから入り江側に出てきたところを銛で刺される。今度は、ロープを持ってきて、1人が尾を押さえているうちに、もう1人がワニの口にロープをかける。こうして、2匹目が捕獲された。今度のワニは、2メートル弱位だが、細身である。追いかけ回されて、何度か銛で突かれたので、かなりぐったりしている。

  もう10時である。入り江の奥深くまで来ている。さすがにボートの舳先を巡らし、北に向けて入り江の中を戻っていく。といっても、深さ数十センチでもあり、帰りがけにもワニを探しているのでスピードはあくまでゆっくりである。入り江の真ん中くらいまで戻ってきた時、赤い目が近くに見えた。途端に1人が海に跳び込み、1人は舳先でライトを照らしながら、銛を構える。ボートが近づいてすれ違う瞬間銛が放たれた。1発でワニに命中。しかし、今度のワニは大きく、銛を背負ったまま水中を進む。海に入っていた1人が慌てて、銛をつかみワニを抑えようとする。もう1人もボートから降りて押さえに懸かる。今迄とは、格段に違う大きさで、2人がかりでも抑えきれない。ボートを操縦していたもう1人も海に入って、2人が頭を押さえ、1人が尾を押さえる。それでも暴れるワニの口にロープをかけて何とか、口を縛ってしまう。身体が大きいので、ボートに揚げるのも一苦労である。しかも、尾の力が強いので、跳ね飛ばされないよう押さえつけているのが大変である。何とか、ボートに乗せてもボートの中で暴れる。ビデオ撮影していたカメラマンが、思わず撮影しながら後ずさる。といっても狭いボートの上だからせいぜい数十センチしか動けない。口を縛られたままでも、大きく動こうとするワニをボートに上がってきた狩人たちがまさに亀甲縛りにする。15分ほどの大捕物であった。

  結局、この日の成果は3匹。11時に狩りを終え、コロールへの帰途につく。

この日の成果は3匹


  狭いボートの上は、縛られたワニが前半分を占拠している。私を含め、取材のスタッフは後ろ側で縮こまっている。時々、ワニが動くと、こちらもビクッとする。しかし、20分もすると少し慣れてくる。ワニは清潔でにおいもなく、“可愛い”と狩人たちは言う。勧められるままに、怖々ワニに触ると、ひんやりとした肌触りでつるりとしている。まさに鰐皮の柔らかな手触りである。きれいで気持ちがよい。捕ったワニは、コロールにあるクロコダイルファームで飼うとのことである。

  手に持ったライトの明かりひとつを頼りにボートを操って、フルスピードでコロールに戻る。海は穏やかで、晴れ渡っており、満天の星が美しい。海上を見ると、トビウオやダツが跳ねている。ダツは光をめがけて飛んでくる習性があり、夜の航海でダツに刺されて亡くなる人もいる。飛んできたダツに刺されないよう、ボートから首を出さないようにして、星を見上げてワニと並んでボートの底に転がって帰途についた。コロール到着は夜中の1時であった。

  後日、クロコダイルファームに、陸地を動くワニの撮影に行った。何匹ものワニが広く囲われた檻の中にいる。2メートルを超え、3メートル近いワニも数匹いる。おとなしいから、檻の中で撮影しても大丈夫といわれ、中に入る。確かに、のんびりと寝ている感じで殆ど動かない。ところが、餌の鶏肉が投げ入れられると、突然起き上がって鶏肉に凄い勢いで向かっていく。取材としては、動きのあるビデオが撮影できたが、こちらを向いたら逃げ切れるかという恐怖心との戦いだった。

  ワニは、ワシントン条約の対象となっている保護生物である。ワシントン条約では、生物の保護のために、国際的な取引を規制している。T、U、V種に分けて保護のための規制をしている。T種は、絶滅のおそれのある種で、商業取引は全面的に禁止されている。U種は、今絶滅のおそれがあるとまでは言えないが、取引を規制しないと絶滅の恐れがあるもので、輸出国の許可証がないと国際商取引ができない。V種は、それぞれの国で種の保護をしているもので、国際商取引が保護に悪影響を及ぼさないよう、輸出国の許可を必要としている。種である。ワニ全体は、U種に指定されているが、その内の幾つかの種はT種に指定されている。イリエワニもT種指定である。信託統治領時代のパラオは、統治権者アメリカがワシントン条約加盟国であったため、ワシントン条約順守を求められた。独立後10年の2004年に独立国としてワシントン条約に加盟している。従って、ワニ狩りは、あまりに人と近いところにワニが出現して、人間に危害が及ぶような場合や特別に保護のために必要が認められる際に行われているだけであり、捕獲されたワニは、飼育して保護されている。     −続く−
       
                                          

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