PACIFIC WAY

    巻頭言 「日本がクック諸島を承認   

小林 泉 (こばやし いずみ)



  この6月16日に、クック諸島のヘンリー・ブナ首相が来日、外交関係を樹立した。日本はその後の7月9日に独立した南スーダン共和国も直ぐに国家承認したので、外交関係国の総数は194ヵ国になった。

  南スーダンは独立の翌週には193ヵ国目の国として国連加盟を果たしたが、クック諸島には未だその動きが見られない。ニュージーランド(NZ)と自由連合関係にあるため、これまで独立国扱いをする国が少なかったからだ。ここを国家として承認するのは、日本が31ヵ国目である。

  では今なぜ、国家承認したのか? クック諸島は、2001年にNZとの共同宣言で「主権を有する国家として外交関係の拡大を目指す」と宣言したものの、NZとの自由連合関係を解消したのでもなく、市民のNZパスポート所持を放棄したわけでもない。要するに、基本的な政治地位には何らの変更もないのにである。私の推測では、太平洋で日増しに中国の存在感が大きくなり、加えて豪州・NZによる島嶼国への関与姿勢が強まっているという国際情勢が、日本の外交当局をことさら刺激したからではなかったか。

  この国は仏領ポリネシアとフィジーの間に位置する主要15島からなる群島国家で、国土はすべてを合算しても約240平方キロ。総人口約2万2000人の5割が集中する最大島ラロトンガでも、67平方キロと小さい。とはいえ、太平洋島嶼諸国の中には、これよりも小さなナウルやツバルなどの独立国があるのだから、クック諸島を国家として認めてもさしたる違和感はないはずだ。これでPIF諸国は、13島嶼独立国+1地域(ニウエ)+豪州・NZとなった。

  同じくNZと自由連合関係を結ぶ隣のニウエが、PIF諸国の中で唯一の「地域」として残る。ここは陸地総面積こそクックより若干広いのだが、人口が2千人弱だから、さすがに独立国家扱いはしにくいのだろう。ところが、中国はこことも外交関係を結んでいる(2007年末)。こんな小さな自治政府を国家として承認しているのは、いまのところ中国だけ。クック諸島の承認は、それより10年も早いのだから、ここにも中国の太平洋進出の戦略的意図がはっきりと見て取れる。国連に加盟するPIF島嶼国に限れば、中国・台湾の外交関係勢力図は6対6の互角だが、クック諸島とニウエを加えれば8対6。これで、PIF諸国内での中国支持派の数的優位性は明らかになる。

  では、「自由連合」という政治関係とはなにか? これは政治地位を表しているのではなく、協定なり合意文書で交わした二国間関係をいつでも解消できる「自由」な結びつきを意味している。「自由連合」という単語自体に、その関係性を規定する一定概念が含まれているわけではないのだ。そのため、米国とミクロネシア3国ならびにNZとクック諸島・ニウエは、どちらも自由連合と言っているけれど、両者の関係性は全く別物であって、国家として承認するか否かは、個別事情を勘案して判断しなければならなかった。

  ならば、そもそも国家とは何か? 中学の教科書では、領土、国民、権力(主権)が国家の三要素だと学んだが、現代の国際社会ではこれに「外国の承認」が加わる。つまり、他国が承認すれば国家、承認しなければ国家ではないという、極めて政治的判断に左右される代物なのである。イタリア・ローマのビルの一室に政府を置くマルタ騎士団国は、今では何処にも領土を有していないのに、世界の96ヵ国が国家承認して外交関係を結んでいる。これは、国家の実態よりも政治が優先する現代国際社会の一面を表す典型事例の一つである。自ら国家であることを主張する台湾政府が、島嶼諸国との外交関係樹立に躍起となる理由もここにある。

  そのような観点に立てば、この時期のクック諸島承認は、日本にとってクリーンヒットだった。国際法的根拠よりも国際政治の現状を優先させた外交決断は、来年の5月に予定される第6回太平洋島サミットを控え、さまざまな局面で島々への外交的積極性のアピールに効果的だと私には思えるからだ。そのために、例えばこんな利用の仕方も考えられる。従来の慣例通りなら、次回の島サミットで日本と共同議長国を務めるのは、この年のPIF議長国であるNZになる。だがこれでは、「日本と島々の会議」である本来の趣旨に反するではないか。そこで、共同議長席をクック諸島に譲ってもらえばいい。ホスト国が新たに国家承認したこの機会を捉えた歓迎的措置だとの大義名分を掲げれば、自由連合関係にあるNZは、会議の性格上これを拒否できないはずだ。これで他の島嶼諸国も、日本の対島嶼国外交の本気度を再認識するだろう。

  中国の積極活動の陰で、日本の存在感が薄くなってきたとの言説がしばしば聞かれる昨今だが、そうした印象を跳ね返すにも、この試みは効果を発揮する。外務当局がここまで想定して、この時期にクック諸島を承認したのだとすれば、お見事である。                    (小林 泉)                

 

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