研究員の論文
フィジー諸島共和国憲法(1997年)における人権と原住民の権利

− はじめに ・1.「権利章典」 ・2.「コンパクト」の導入 ・ むすび −

2.「コンパクト」(compact/協定)の導入
A.憲法規定
(1)コンパクトの趣旨

「フィジー憲法再検討委員会報告に関する両院合同特別委員会(13)」(JOINT PARLIAMENTARY SELECT COMMITTEE ON THE REPORT OF THE FIJI CONSTITUTION REVIEW COMMISSION:JPSC)は、「フィジアン とロトゥマンの利益」を規定した90年憲法第3章の削除と、この章にかわる「理解のためのコンパクト」(Compact of Understanding)の作成を国会に勧告した。これは、フィジアンの権利を一部制限し、フィジーのすべての個人・コミュニティー・集団の個々の権利を保障することで、平等主義のいっそうの推進による民族間の融和の促進を意図したものである。

JPSCは、CRC報告を検討し、同報告で答申された694項目のう ち、577項目を採 用し、40項目を修正の上採用、77項目を拒否したが、この「コンパクト」は、40項目の 修正条項の一つであった(14)。

こうして、97年憲法では第2章に「コンパクト(Compact)」(協定)として、2か条の条文(第6条・第7条)が置かれた。その内容は政府の行為準則に関わるもので、個人・共同体及び集団の権利の尊重、フィジアンの慣習に基づく土地所有権の維持、信教の自由、言語・文化・伝統を保持する権利、政党結成・政治参加の権利、すべてのコミュニティーの利益への配慮、すべてのコミュニティー間での政治権力及び経済的・商業的権力の公正な共有、フィジアンの利益の至高性などの諸原則が政府の遵守すべき原則として規定されている(第6条)。

ただし、以上の諸原則は、他の憲法規定またはこの憲法のもとで作られた法律の対象となっている範囲を除いては、裁判においては適用されないが、解釈上関連性が認められる場合には、この諸原則が考慮されなければならない(第7条)、とされる。

このようにコンパクトは、各コミュニティーの権利保護を政府の行為準則としながら、一方でフィジアンの利益を他のコミュニティーの利益に優位する至高のものとするという矛盾をも含んだものである。最終的に、フィジアンの利益と他のコミュニティーの利益が対立した場合にどう調整されるのかは、関係政党の「合意形成に向けた誠実な交渉努力」にゆだねられることになる(第6条(i)項)。

(2)コンパクトの規定

第6条[協定:コンパクト]フィジー諸島の国民は、この憲法と他の国法の枠組みの中で、政府の行為が次の諸原則に基づくものであることを確認する。

(a)すべての個人・共同体・集団の権利の十分な尊重。

(b)フィジアンの慣習に基づくフィジアンの土地所有権・自由所有地の所有権、並びに農地の賃貸のもとでの地主及び小作人の権利の維持。

(c)すべての人々の、宗教信仰の自由、言語・文化・伝統を保持する権利の保障。

(d)フィジアン・ロトゥマンが、分離された行政システムを通して統治する権利。

(e)市民として、すべてのコミュニティーのメンバーが平等の権利を享有すること。その権利には、フィジー諸島に恒久的な住居を作る権利を含む。

(f)市民としての権利には、政党結成・参加の権利、政治活動参加の権利、平等の選挙権を基礎とし、秘密投票による下院議員の自由で公平な選挙において投票し、候補者となる権利を含む。

(g)下院の多数の支持を得た政府の形成は、諸政党・選挙民の支持に依存し、かつ、連立政府の形成が必要とされるとき又は望まれるときは、政府の形成のため又は政府支持のために連合する諸政党の意思に依存する。

(h)政府形成、立法の推進又は行政政策の実施を通して政府が国家行為を行うとき、すべてのコミュニティーの利益について十分な考慮を払うこと。

(i)異なったコミュニティー間の利益が対立するとき、すべての関係政党は、合意形成にむけて努力し、誠実に交渉を行うこと。

(j)前項の交渉にあたっては、フィジアンのコミュニティーの諸利益が他のコミュニティーの諸利益に従属するものではないという原則を確保するため、フィジアンの利益の至高性は保護されるべき原則として引き続き適用される。
(k)フィジアン及びロトゥマンが、諸種の機会・諸便宜・諸サービスへアクセスする実質的な平等を確保するためのアファーマティブ・アクション及び社会正義プログラムは、他の諸コミュニティー、女性並びに男性、及びすべての不利な状態にある市民または集団に対するものと同様に、すべてのコミュニティーに広く受け入れられる資源配分に基礎を置かなければならない。

(l)フィジーのすべてのコミュニティー間における政治権力の公正な共有は、すべてのコミュニティーが国家の経済的発展からの利益を十分に享受するため、公正な経済的・商業的権力の共有と適合される。

第7条[コンパクトの適用]

(1)第6条で言及された諸原則は裁判においては適用されない。ただし、この憲法の他の規定またはこの憲法のもとで作られた法律の対象となる範囲は除く。

(2)この憲法、またはこの憲法のもとで作られた法律の解釈にあたっ て、関連性が認められる場合、前条の諸原則が考慮されなければならない。

(3)コンパクト規定の特徴

ここでの特徴として、以下の4点が指摘できる。

1. (a)〜(d):ここでは、「すべての個人」、「すべての人々」という表現が使われているが、それぞれが、共同体・集団の権利、並びに宗教信仰の自由、言語・文化・伝統を保持する権利、と併記されているところから明らかなように、各民族集団の中での個人の権利を意味していると考えられ、共同体・集団を離れたいわゆる西洋的な原子的個人を指しているものではないと考えられる。

2. (e)〜(f):ここでは、市民の権利として、政治的権利の平等が定められている。この権利については、民族集団による区別はなく、すべての国民が平等な「市民」として、各種の政治的権利を持つことが明らかにされている。

3. (g)〜(l):複合政党内閣、国家行為におけるすべてのコミュニティーの利益の考慮、コミュニティーの利害調整における合意形成にむけての政党間協議とフィジアンの利益の至高性、原住民であるフィジアン・ロトゥマン(=ロトゥマ島出身の少数民族)へのアファーマティブ・アクションの実施、不利な地位にあるすべての個人集団への社会正義プログラムの実施、すべてのコミュニティー間における政治権力の公正な共有と経済的権力との適合など、政治面でのコミュニティーの利益の確保とその調整について規定されている。

4. コンパクトの適用については、この規定は、プログラム規定であり直接裁判規範になるものではなく、コンパクトに基づく法律の制定をまってはじめて具体的な権利として裁判上適用されるのが原則であると定められている。 B.立法趣旨:CRC報告より
(1)フィジー諸島の人々の間でのコンパクト(協定)
「これまでのフィジー憲法は、『複合民族政府』のための健全な基礎を提供してこなかった。その主要な理由は選挙制度にあった。この答申の目的は、フィジーの人々が人種別の代表システムから解き放たれ、複合民族政府すなわち連立政府を促進することにある。すべての民族コ ミュニティーがその権利及び利益を十分に保護されるために、すべての民族コミュニティーの必要を考慮するのが我々の提案(15)」(5.42)であり、「この報告の主眼は、複合民族政府又は連立の出現を促進することにある(16)」(5.49)。
このように、複合民族政府を形成することを最終目的とし、またその成立を前提とした各民族コミュニティー、なかんづく原住民であるフィジアンの利益の確保をはかるために、コンパクトが導入されたことがここに示されている。

(2)コンパクトの適用
「国家政府の行為は、コンパクトに規定される諸原則に基づくことがフィジー諸島の人々によって承認され、この承認は、法的効力とは区別される道徳的な効力をもつ(17)」(5.44)として、コンパクトに規定された条項は、政府の行為を道徳的に縛るものであって、法的拘束力をもつものではないことが示されている。

政府の行為が、この憲法と共和国の諸法の枠組みのなかで行われることについて、国民の間に広いコンセンサスがあるが、コンパクトによって規定された諸原則は、それ自身法的権利や法的目的を課すものではない、ということを示している(18)(5.45)。では、コンパクトを憲法に規定した目的はといえば、それがすべてのコミュニティーに対する「安心」(reassuarance)として機能すること、そして政治指導者と政党に対しては指針を提供することにある(19)(5.64)。

このように、コンパクトを規定した目的は、すべてのコミュニティーの利益が保護されることを憲法で確認することによって、国民が安心して生活できるようにすることであり、そして政府・政党の指導者に対しては、それが法的義務ではないが憲法上要請される道徳義務として各民族的利益の保護を考えるべきことを定めたものであることが示されている。 C.社会正義・積極的格差是正措置・集団の権利

(1)社会正義と積極的格差是正措置
憲法第5章は、「社会正義」の表題の下に10項からなる「社会正義と積極的格差是正措置」(social justice and affirmative action)の1条(第44条)を置く。

同条は、国会が、不利な地位に置かれているすべての集団に属する人々が、(a)教育 と訓練、(b)土地と住宅、(c)商業活動および国家サー ビスに、実効的にアクセスできる ようにするためのプログラムを定めた法律を制定することを義務付けている(1項)。

これによって、主として非インディアンの生活向上のための国家による積極的格差是正措置の実施が約束された。一層の平等化がはかられた1997年憲法においても、依然としてフィジアンの利益が重視されていることを、ここでも示している。そうすることによって、経済的に劣位にあるとされるフィジアンが、この憲法を受け入れるための条件がここでもまたひとつ挿入されたもの、といえる。これもまた、国民統合への前提条件整備の一環であることはいうまでもない。

(2)集団の権利
 第13章に、2か条からなる「集団の権利」(Group Rights)の章が設けられた。これは、インディアン以外の民族集団の土地所有権を中心とする権利の保護に関するもので、フィジアン、並びに少数民族であるロトゥマンとバナバン(=バナバ島民の少数民族)の権利・土地所有などに関する8つの法律については、通常の法律改正よりも厳重な改正要件が必要とされ、これら3つの民族集団の権利が憲法で強く保障されることになった(第185条1項)。

また、慣習法・慣習上の権利に関わる立法を国会が行う際には、国会はフィジアンとロトゥマンの慣習・伝統・慣行・価値・及び希望を考慮することが義務づけられている(第186条)。土地所有に関係する農地 借地法(ALTA)についても、その改正要件が加重されている(同条(2)項)。

こうして、とりわけフィジアン・ロトゥマンの原住民としての土地に関する権利を中心とした法律上・慣習法上の諸権利が、あつく保護されることを憲法が保障しているのである。

(注)
(13) この委員会は、「憲法再検討委員会」の作業を援助するために1994年につくられたもので、当初は17名の下院議員と3名の上院議員の20名で組織されが、のちに25名に増員された。1994年9月30日に初めての会議を開き、「憲法再検討委員会」の組織を決めた。2年後の1996年9月10日に、「憲法再検討委員会」の報告書がこの両院合同特別委員会(JPSC)に提出され、10月から翌年3月にかけて審議が行われた。その結果が、次の報告書となって公刊された。Parliament of Fiji House of Representatives, Report of the Joint Parliamentary Select Committee on the Report of the Fiji Constitution Review Commission, Parliament of Fiji, Parliamentary Paper No.17 of 1997, pp.1-11.

(14) Ibid., p.12, Annex5..

(15) ‘The Fiji Islands:Towards A United Future'・・・・Report of the Fiji Constitution Review Commission, 1996, p.76.

(16) Ibid., p.29. これが、1999年5月の下院議員選挙後に現実化することになった。はじめてインド系の首相が誕生し、憲法規定(99条)に従って連立政権が組織された。首相を含む18人の閣僚のうち、12人がフィジアン、6人がインディアンの複合民族政府が形成された。(The Review June 1999, pp.32-33. 参照)

(17) Ibid., p.78. (裁判規範とならないという意味で)法的拘束力をもたざるがゆえに、拘束力が弱い、と結論づけることは必ずしも適切ではない。コンパクトもまた憲法規範であり、それが道徳的規範であるからこそ、それに従う、ということもありうる。最小限度の道徳たる法(法律)に従うよりも、道徳規範に従う方がより高い倫理的価値が与えられるからである。要は、政府の運営にあたる者のモラルによる。

(18) Ibid., p.78.

(19) Ibid., p.82.

むすび