海岸浸食は、太平洋島嶼各地で深刻な問題となっている。ミクロネシア連邦コスラエ州でも昨今この問題が大きくクローズアップされており、コスラエ州政府は、1998年11月から「コスラエ海岸線マネージメントプロジェクト(Kosrae
Shoreline Management Project)」をスタートさせ、海岸浸食に関する長期戦略を策定中である。本稿は、SOPACのハワース博士が、昨年6月にコスラエで行われた海岸浸食対策のワークショップに出席後まとめた小論文を、筆者の了解を得て翻訳したものである。なお「コスラエ海岸線マネージメントプロジェクト」に関する情報は、下記のホームページで入手できる。
http://www.geocities.com/Rainforest/Jungle/3481/index.html
(編集部) |
「眠れる淑女の地」コスラエへの訪問は、太平洋の島々を巡るこれまでの旅の中でも最も心に残るものである。コスラエ観光事務所は島を宝石にたとえ、「高い山とみずみずしい渓谷を深い熱帯雨林が覆う楽園の島。島のまわりの珊瑚礁には、透き通った水に色とりどりの熱帯魚が舞っている」と記している。
コスラエは、カロリン諸島と呼ばれる島々の最東端に位置し、政治的にはミクロネシア連邦の一部を構成している。島の形は三角形に近く、100平方キロを少しこえる大きさの単島で、海抜465〜629メートルの4つの頂を抱き、周囲を豊かなマングローブ林と狭い裾礁に囲まれている。
コスラエの人々は、過去数百年の間、大きな変化を経験してきた。500〜1000年前に繁栄した初期の階層社会は、おそらくミクロネシアにおける最も高度な社会制度だったと考えられている。レロ遺跡は、となりのポンペイにあるナンマドールに比べて知名度は低いが、壮大な建築物の名残りである。この初期のコスラエ社会は長らく繁栄を謳歌していたが、1800年代後半に外来者のもたらした疫病で絶滅の危機に瀕し、一時はわずか300名の住民を数える状態にもなった。そして今日、コスラエの人々は大自然との間で、生存のための新たなる戦いに挑んでいる。それは海岸浸食の問題である。
ナンマドール同様、かつて海を埋め立ててレロの地を作り上げたコスラエの人々にとって、海岸浸食の問題に直面しているということは、皮肉な事態ともいえる。コスラエの海岸線は、この45年間でおおよそ7〜15メートル後退しており、ミクロネシア連邦が1991年にSOPACに加盟した直後から、SOPACは海岸線マネージメントプランの策定に対する支援の要請を受けていた。
近年、コスラエの人口増加に伴って、天然資源に対するニーズが高まっており、このニーズに応えることが必要となっている。こうした天然資源が、現在の住民から将来の世代にわたって、持続できるかどうかという問題は、極めて重要である。限りある資源が無規範に開発され続けるならば、これらの資源が失われてしまうことは確実である。コスラエ住民との議論では、多くの住民たちが、砂浜の形成、浸食、堆積物の移動、公害、沿岸部の植生、そして珊瑚礁の生物学的物理学的動態といったことの間の総体的な関係について、ほとんど認識していないということを示していた。
1950年代後半から1960年代前半にかけて、リーフ内の大量の堆積物が道路建設のために取り去られた。1980年代前半には、長さ1800メートル、幅150メートルの新滑走路が、礁原(リーフフラット)に建設された。これに伴って、飛行場の築堤建設と道路建設用の資材を得るため、リーフ内に2キロに及ぶ「小船舶用」水路、及び村の前の礁原に3つの大穴と1つの小穴が掘られた。そしてこの2つの開発工事は、大規模な浸食を引き起こしたのである。このため、1995年11月から海浜復元プロジェクトが始まり、村の前の海岸線に沿って約900mに及ぶ護岸用の石積み工事が行われた。
海岸の砂は、粒がそろっていて品質が良く、道路や居住地域に近いという利便性と、低コストであるという利点がある。このためコスラエの人々は、砂浜から砂を採取しており、その結果、大量の堆積物が失なわれている。またマングローブの伐採も浸食問題を悪化させている。
コスラエへの何度かの訪問の後、1999年6月中旬に、私はコスラエの海岸線マネージメントのためのワークショップに参加した。ワークショップには、コスラエだけでなく、ポンペイ、ヤップ、チュークの各州、そしてミクロネシア連邦政府から、計29名の参加者が出席した。
ワークショップでの参加者の議論に基づいて、コスラエの海岸浸食を食い止め、海岸線マネージメントを改善するためのいくつかの勧告が採択された。これらの勧告は、1998年中頃に海岸地質学者ラッセル・マハラジを中心としたSOPACチームが、ヤップ、チューク、ポンペイ各州の離島の海岸浸食状況を調査した際に提出した勧告と、ほぼ同様のものである。
勧告は概ね次のように要約できる。
1.コスラエは、現在と将来の需要とニーズを支えるため、他の小島嶼発展途上国同様、海岸部における住宅建設やインフラ開発のためのコンクリート用砂利、陸上区域、および生物資源に関するキャパシティを明確化する必要がある。
2.コスラエは、生態系の保全と、海岸一帯の自然な堆積物移動に人為的干渉を行わないことに重点を置くべきである。天然の(或いはそれに近い状態で残されている)海岸エリアの保存は、高い優先事項である。
3.埋め立てや不適当な護岸工事などの活動によって、コスラエ沿岸の堆積物移動に人為的干渉を行うことは、中止すべきである。
4.風雨への直面、脆弱化、荒海による被害などのリスクを減らし、同時に海岸防御についての今後の費用負担を軽減するため、建物は海岸線から十分な距離を置くべきである。
5.これまで自然災害を受けたり、人間の活動で切られたり燃やされたりしてきたコスラエ海岸部の植生回復に向けて努力をすること。
6.マングローブが海岸線を安定させる上で重要な植物であり、魚類やサンゴ礁などの海岸部の生態系の再生産システムに寄与している点から、周縁部と川沿いにあるマングローブの新規伐採を中止すること。
7.建設コンクリート用の砂利採取は、内陸部の適当な場所から得れるべきであり、海岸部と礁底からの砂利採取は禁止されるべきである。事実玄武岩は、珊瑚礁から採取したものよりも高品質の製品を作る原料となる。
8.大規模な建設事業に先行して、技術調査と環境影響アセスメントが実施されるべきである。
9.コスラエにおいて適切で継続的な公教育と啓発プログラムを強化すること。
10.コスラエをはじめとしたミクロネシア連邦の島々が個別に直面している問題に対して、効果的に対策を講じることのできる海岸管理の地元専門家を継続的に育成・訓練すること。
これらの勧告は、現在のコスラエの人々がインフラ開発のための方策を、つまりは彼らの社会そのものの長期的なあり方を検討する上で、重要な要素である。今後、手遅れとなる前に、これらの進取的な勧告を実行することは、現在の行政当局の高い能力の結果として、未来の世代が背負いこむ負の遺産を軽減することになるのである。
ヘンリー・ゴードン・シーガルは、彼の著書『眠れる淑女の目醒め(The Sleeping Lady Awakens)』の最終章において、そのタイトルが過去100〜150年のコスラエの再発見と開発の進展に由来していることを示唆している。
「……コスラエは太平洋で最後に発見された島の一つで、1800年代後半まで西欧世界から隔絶され、知られざる土地であった。しかし同時にコスラエは、かつてはカロリン諸島の文化的中心として重要な役割を担っていた島でもある。そして今、コスラエは新たな変貌を遂げようとしているかのようである……」
我々はこの引喩を借用できることを願っている。「目醒めた眠れる淑女」が、コスラエの人々が海岸線マネージメントを島の重要な問題だと真に自覚したことを象徴する言葉とならんことを。そしてまた、開発が島々に高すぎる対価を要求する前に、太平洋の小さな島々がすべからくこれを察知することを。
(訳:小川和美)