農民はチョードリー首相が最も失望させたくない人々である。しかし、もしチョードリー首相がALTAのためにごり押しをしようとしたら、トラブルが勃発するだろうとヴァカタレは警告している。ヴァカタレは、「チョードリーは妥協しない立場を取っており、それが心配だ。チョードリー首相に必要なのは、歩み寄りの精神であり、土地所有者(フィジアン)と借地人の双方に顔のきく人物である」と述べている。ALTA問題については、今のところ政府は、決定は議論の後になされるだろうと述べるだけで、解決はまだまだ先の話である。
これらの問題解決が難航し、連立崩壊の危機が生じているのは、つまるところ民族問題が背景にあるからである。南太平洋大学の社会学者ビシェイ・ナイドゥ(Vijay
Naidu)は、総選挙の勝利後にフィジー系の連立パートナー(FAP、PANU)がチョードリーの首相就任に難色を示したことが、今日政府が多くの問題に直面することになった発端であると指摘する。「彼らは首相の地位にはフィジアンを望んでおり、チョードリーの就任を支持したのは唯一、カミセセ・マラ大統領だけであった。意見の相違は取り繕ろえたかのように見えるが、根本的な緊張状態は解けてはおらず、このことが政府の頭痛の種になり続けるであろう」と述べているが、まさしくその通りの状況がおきているのだ。
この大連立構想を見送らせたのがランブカ前首相である。その当時SVT党首であったランブカはこれに強硬に反対し、労働党政権を受け入れ、チョードリーを新しい国家のリーダーとして認めることを勧めたのだった。これが労働党の大きな助けになり、フィジアンの強硬派の暴力的抗議行動に歯止めがかかった。
こうしてランブカが労働党政権の誕生に協力したのは、国民統合実現という目的のほかに、VLVとFAPは、かつてランブカと指導方針の対立からSVTを離党したメンバーによって作られた党であるため、ランブカ自身両党を快く思っていないという理由もあったといわれる。チョードリーはこの期を逃さず、VLVとPANAにアメ(閣僚の座)を与え、素早く政権を立て直すことに成功し、同時にフィジアンの閣僚を増やしたことで、フィジアンの信頼も回復できたのだった。
しかし、その後9か月間、フィジアン政党集結の話は途切れることなく、それがメディアで流れるたびに、閣僚達がそれらの陰謀に加担しているのではないかと責められている。
ランブカ前首相(SVT)は、政府が円滑に運営されるためにはSVTを連立に加えるべきだったと述べる。そうすれば土地問題だけでなく、政治全体の厳しい状況が解決できたという。1997年憲法の下では、下院で8議席以上を獲得した党はすべて入閣資格を持つ。今回の選挙後、SVTは初め入閣を要請され承諾したが、ランブカの副首相就任をはじめ重要な大臣ポストを要求するなど、厳しい条件を付けたため、あまりに法外な要求だとして、労働党はSVTへの入閣要請を撤回した。
しかし、この労働党の対応に対し、ランブカは、政府は我々(SVT)の要求をすぐに拒絶する代わりに交渉の場を設けることができたはずだと非難している。こうした流れから明らかなのは、チョードリーが妥協的でなかったことで、新政府のなお一層の統合への大きなチャンスが失なわれたということである。
今後、SVTが入閣する可能性はあるのだろうか? SVTのリーダーの一人イノケ・クンブアンボラ(Inoke Kubuabola)は、2月にインタビューに答えて、「我々の決定は昨年5月になされた通りである。SVTは今のような労働党だけの意見が通る政府に入ることはない」と述べており、現内閣への入閣よりもフィジアンに主導権を取り戻すためフィジアン政党同士の和解と結束に強い関心を持っている。
一方、前NFP議員ワダン・ナセイ(Dr Wadan Nasey)のように、こうした状況が生じたのはもっぱら選挙制度「選択投票制」(5)に重大な欠陥があるからだと信じている者もいる。フィジータイムスのコラムで彼は、先の選挙でフィジアンの最大グループの代表であるSVTは8議席にとどまったが、総獲得票数は14議席分に相当し、同様に、議席0に終わったNFPに至っては10議席獲得となる、と述べている。
ナセイは、選択投票制は、政党が得票数の割合に応じて議席を配分する比例代表の要素取り入れておらず、さらに悪いことに、新憲法が複数政内閣を規定しているにもかかわらず、最大フィジアン政党のSVTが入閣していないことに問題があると指摘する。すでにランブカとSVTが彼らの権力をすべての主要政党と共有することに同意している以上、なぜ彼らが今根本的な枠組みの変更を要求するのかが理解できる、と述べた。
一方、この選挙制度に大きな信頼を寄せる見方もある。南太平洋大学の政治アナリストのアルミタ・ドゥルタロ(Alumita
Durutalo)は、この新憲法の良いところは、異なった政党を一緒に働かせるところである、と指摘する。フィジー系政党とインド系政党は選挙前には両極端であっても、選挙後は話し合い、複数政党内閣を形成することを憲法で要請されている。しかし、彼女が言うように、憲法は政治家が機能させようと努めなければ機能するものではなく、さもなければ人々は簡単に自分の民族の中にもどってしまうものである。
ドゥルタロは、リーダーは互いに尊敬と寛容を示して、この事態の収拾に努めるべきで、そうすれば彼らの支持者もついてくるだろうと述べている。彼女は、憲法改正のために、互いの違いはさておき反対派もすべて加えて話し合ったため、国民の大多数に受け入れられる草案を作り上げることができたとして、それを実現した前首相のランブカとNFP党首のレディ(Jai Ram
Reddy)の例をあげている。
そのランブカ(SVT)とレディ(NFP)は、今やチョードリー政権の場外にいる。チョードリーは、少しの異論も許さないように連立を統率するようになるだろうと予想されていたが、まさしくその通りになっている。政府が維持すべきものは、VLVとFAPとの連立である。両党とも3月にこの連立を再検討する予定であるが、VLVは今のところ連立から脱退しそうにない。しかし、もしFAPが脱退したら、内閣はインド系優位になり、政府は合法性を失ったようにフィジアンの目には映り、政治的危機を招く可能性がある。
「フィジーで最も強いカードは人種カードである。すでにそのカードをきっている政治家もいる」とアッパナは述べている。チョードリー政権は、まだ政治的地雷を取り除いていない。チョードリーは大胆に歩いているが、間違った動きは命取りになろう。
むすび:国民統合の行方
憲法によって創出された複数政党内閣制は、現実に機能して初めて憲法起草者の目指した「国民統合政府」となりうる。民族の違いをこえた国民の連帯感と国家制度は相補いながら国民統合を目指すが、まさしく現在の政界に欠けているのはフィジー国民全体の発展を目指す連帯感であろう。そのためには、チョードリー首相や各政党には、複数政党政治を目指した最初の意義に立ち戻り、慎重に政権を運営することが望まれる。
フィジーにとって、この連立崩壊の危機は最もたやすく予測できた危機であり、当然越えなくてはならない危機ではあるが、実は越えることが最も難しい危機でもある。この危機は民族問題であると共に「伝統」と「近代化」の対立の問題でもあるからである。近代憲法制度に伝統文化(大酋長会議の規定など)をとりいれ、両立をはかろうとしているフィジーにとって、複合政党内閣制もまた伝統(フィジアン政党)と近代化(インディアン政党)の両立の試みといえる。多くの国々が直面し、今も模索し続けているこの関係をフィジーがどのように作り上げていくのか。今後の動向が注目される。
(1)フィジーの「国民統合」、「複数政党政府」については、東 裕「フィジー国民統合と『複数政党内閣』制」(「憲法研究」第32号、憲法学会)を参照されたい。チョードリー政権成立の経緯と分析については、東 裕「フィジー諸島共和国の新選挙制度とその思想」(「パシフィック・ウェイ」112号、(社)太平洋諸島地域研究所
)、小川和美「フィジー新政権成立の分析」(同)に詳しい。
(2) 本稿は「RIPE
FOR CHANGE」(『THE REVIEW』2000年2月号)及び 「POLITICAL TURMOIL」(同3月号
)をもとに加筆、再構成したものである。
(3)ALTA問題について。フィジーは国土の8割がフィジアンの共有地で、先住民保有地信託機構(NLTB)の管理下にあり、売買が不可能となっている。この共有地は農地貸借法(ALTA)によって、貸し借りが可能となっており、今まで主にサトウキビ栽培のインド系農民が借り受けてきた。ここ数年、契約が満期となる農地が増加しており、これを期にフィジー系地主は土地の自由活用を望む一方、インド系農民は契約更新し今後も継続使用を望んでおり、利害は対立している。詳しくは小川和美「チョードリー政権の6か月」(「南太平洋シリーズ」South
Pacific 1999.12、(社)日本・南太平洋経済交流協会)参照。
(4) この発案者と言われているブネは、その後大フィジアン連立の話し合いに1度も出席しておらず、一線を画しているため、「フィジアンの信頼を失っている」といわれる。
(5) 5月の総選挙で採用された選択投票制下の選挙結果分析と選挙制度別獲得議席数比較についても、前掲、東、小川の「パシフィック・ウェイ」112号所収論文参照。