PACIFIC WAY

          島嶼諸国からも北京五輪参加
  

小 林 泉( こばやし いずみ)

 北京五輪の参加国・地域は204だった。その数は、現在の国連加盟国数192よりも12多い勘定になる。地域という名で、独立国家ではない政治枠組みも五輪参加単位になっているからだ。

  しかし、国家の正当性で中国と対立する台湾が、チャイニーズ・タイペイとして中国とは別枠になるのは良いとしても、政治制度が違うとはいえ中国の一部だと公に認知されている香港が、中国と別単位で五輪参加するのはおかしい。スポーツの祭典とはいえ、現代五輪は紛れもなく国威発揚の場、国家間の戦いになっているのだから。それだけに、「都合の良いところだけの二重規範はフェアーじゃない」と思いながら、私は焼酎片手にテレビで五輪開会式を見ていたのである。

  するとグアム旗を先頭に、誇らしげな数人の選手・役員団が入場してきた。見慣れた太平洋の人たちの姿に嬉しさを感じて、しばし見入ってしまった。だが、これもよく考えると変だ。自治地域とはいえグアムはアメリカ領、さらにアメリカン・サモアもまたアメリカ領だからである。

  オリンピックは、個人ではなく国ごとの参加を原則にしているからこそ、勝者には国旗が掲げられ国歌が流される。なのに、こんなご都合主義はいかがなものか。例えば香港には香港旗があるが、金メダルを取った場合は、この旗の掲揚とともに中国国歌が流れるのだそうだ。これもおかしいではないか。

  私の気持ちはモヤモヤしたままだったが、そんな原則に拘わらずともこれで良いのかもしれない。選手選抜をアメリカ国内基準の中で行えば、グアムや東サモアの選手に五輪出場のチャンスは廻ってこなかっただろうし、グアム人や東サモア人は、人種的にも意識的にも中国人だと思っている香港人とは異なり、アメリカ国籍を有していても自覚的にはグアム人でありサモア人だと思っているのだから。その彼らに、別枠で五輪出場権を用意しなければ、彼らを国際社会の祭典から閉め出してしまうことになる。各競技は純粋なスポーツだとしても、所詮は五輪そのものが、アテネで始まった時から政治性を帯びた事業だった。だから、今さら原則論に固執して、とやかく理屈を言わずにゲームを楽しめばいいのだろう。

  そんなあれこれを考えているうちに、太平洋からの選手団が次々に行進していった。小さな代表団ばかりだったが、それだけに私の眼には結構目立って見えた。いったい、島嶼地域からどのくらいの選手が北京五輪に参加したのか、後で調べてみたら、15ヵ国・地域で選手総数は65人。国別、種目別の詳細は別表の通りだが、日本ならば五輪に出場できる人は人口30〜40万人に1人だから、人口1万人のツバルから3選手だったのは、かなりの割合だと言っていい。

  島嶼参加者の種目を見ると個人競技だけで、団体競技への参加はなかった。現代競技は、科学的トレーニングと近代施設によってアスリートを育てる時代だから、素質ある太平洋人がらいるとしても、資金力、組 織力に大きな差がある島嶼地 域から上位入賞者を出すのは 難しい。100m走の第一次予 選で塚原直貴選手と共に走っ たツバルのティニラウ選手は、 スターティングブロックの使 用経験がなくスタートに二度 失敗して、結局この組最下位 の8位に終わったが、これな どは純粋な走能力とは別だ。

  この種目には島嶼地域から 10選手が参加して、いずれ も一次予選敗退だったが、参 加することに意義があったの だから、彼らこそ五輪精神に 基づいたパフォーマンスだっ たと言えるだろう。だが、太平洋人が、永久に参加意義だけの五輪だと思う必要はない。
 
 先進国で本格的なトレーニングを積めば、国際舞台での活躍は十分に可能だろう。太平洋人の身体能力の高さは、随所で証明されているからだ。五輪種目ではないが、既に格闘技やゴルフの分野では幾人もの一流選手が排出されているし、トンガやサモアのラグビーチームは、現在でも世界トップクラスであり、日本の実業団や大学でも太平洋人選手が活躍しているのである。

  それゆえ今後は、競技スポーツ分野の国際協力も考える必要があるのではないか。国家建設途上の島嶼諸国が抱える悩みの一つに国民統合意識の欠如があるが、ここでもスポーツを利用すればいい。国同士が競う国際競技は、ナショナリズムを育成する効果的な手段になりうるからだ。スポーツ交流は国家意識を芽生えさせ、一方で国家間の友好関係を深めるのに有効な役割を果たす、と私は考えているのである。         
                                              
  国・地域名 人数   競  技  種  目
@ 米領サモア  5 柔道、水泳2、陸上、カヌー
A クック諸島  4 水泳、陸上2,重量挙
B フィジー  6 柔道、水泳、陸上2、重量挙、射撃
C グアム  5 水泳、陸上2、レスリング、カヌー
D キリバス  3 陸上2、重量挙
E ミクロネシア  5 水泳2、陸上2、重量挙
F マーシャル  5 水泳2、陸上2、テコンドー
G ナウル  1 重量挙
H パラオ  5 水泳、陸上2、レスリング2
I
パプアニューギニア  8
水泳2、陸上2、重量挙、テコンドー、ボクシング2
J ソロモン  3 陸上2、重量挙
K
サモア
 6
陸上2、重量挙、カヌー、ボクシング、アーチェリー
L トンガ  3 陸上2、重量挙
M ツバル  3 陸上2、重量挙
N バヌアツ  3 陸上2、卓球

*は独立国ではなく地域


(小林 泉)


 

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