パラオは今年は選挙の年である。3組以上の正副大統領候補が立候補しているため、9月23日(火)に予備選挙が行われ、上位2組が本選挙に臨む。本選挙は11月4日(火)で、国会議員総選挙と同時に行われる。さらに、同日に憲法改正の是非を問う住民投票が行われる。政治の季節を迎えたパラオの状況を簡単に報告する。
<1>選挙
2004年の総選挙の際は、住民発案による5つの憲法改正案が住民投票にかけられ、その内4つが承認された。大統領・副大統領のランニングメイト制、国会議員の任期制限、多重市民権の容認、統一的な国会議員報酬制創出である。前二者は直接に選挙にかかわる事項である。しかも、この憲法改正後最初の選挙が今年であり、その影響が注目される。
○正副大統領選挙
2004年の選挙までは、大統領と副大統領は、別々に選挙で選ばれていた。そのため、敵対する立場に立つ大統領と副大統領が選出されることもあり、そうした場合には行政の効率を悪いものにしていた。この弊害を避けるためにアメリカの様にランニングメイト制が取り入れられた。
現在のところ、大統領選には4人が立候補している。副大統領のカムセック・エリアス・チン氏、上院議長スランゲル・ウィップス・シニア氏、上院議員ジョシュア・コシバ氏、台湾大使ジャンセン・トリビヨン氏である。昨年の夏ごろは、期待も込めて前大統領クニオ・ナカムラ氏の再登板もかなり噂されていたが、結局立候補はしなかった。
注目されるランニングメイトだが、チン氏と上院議員アレン・シード氏、ジャンセン氏と下院議員ケライ・マリウル氏(アルコロン選挙区)、コシバ氏とペリリュー州知事ジャクソン・ギライガス氏という組み合わせになっている。スランゲル氏は7月31日に、大規模集会を開いて、大統領府官房長官のビリー・クワルティ氏を副大統領候補とする旨発表した。氏は、2000年の大統領選に立候補もしており、閣僚経験もあるベテランの政治家である。ランニングメイトとの関係が票にどのような影響を与えるか、初めてのケースだけに全ての候補が手探りの票読みを強いられることになる。
○国会議員選挙
今回の選挙から、2004年に承認された憲法改正の国会議員任期規制により、上院・下院通算して3期以上国会議員を務めた者は立候補ができなくなる。現職の上院9名のうち4名、下院16名のうち12名がこれに該当する。実際、正副大統領に立候補している現職の議員は全て、この規定で議員立候補ができないベテランである。
立候補者の顔ぶれは、ガラリと変わることになる。とりわけ、下院では、現職の立候補は4分の1以下にならざるをえない。逆に、経験のある有力候補が退くため、若手はもちろん、古手の行政官・知事経験者なども含めて混戦が予想される。下院のアルコロン選挙区では、既に3名の立候補が確定している。
なお、レメンゲソウ大統領は、2期連続して大統領を務めたので、今回は大統領に立候補できない。副大統領候補に回るとか上院議員に立候補するとか諸説乱れ飛んでいた。結局、まだ政治から退場はしないとして、上院議員に立候補した。
ちなみに、上院、下院共に立候補者は40人を超え、大激戦となっている。
<2>憲法改正住民投票
2004年の総選挙の際には、憲法の規定に基づいて「憲法の改正或いは修正のための会議が必要か」を問う住民投票が行われ、憲法制定会議開催が承認された。これに基づき、憲法制定会議が招集され、検討の結果22件の憲法修正提案が作成された。憲法改正は、総選挙の際に同時に行われる住民投票で、過半数の賛成を得、なおかつ4分の3の州で過半数を制した場合承認される。
従って、今年11月4日の総選挙の際には、以下の22の憲法改正提案が住民投票にかけられる。
(1)8条3項「35歳以上で、選挙に先立って5年間パラオの居住者であったパラオ市民は、大統領または副大統領職になる資格を有する。」→「他国の市民でなく、」を追加。2004年の憲法改正で、多重国籍が認められたことに対応する改正。
(2)8条4項「大統領および副大統領は、任期を4年として全国選挙で選出される。大統領は、3期以上連続して務めることはできない。」→「大統領は、任期を4年として全国選挙で選出される。」に変更。大統領副大統領がランニングメイトになったことに対応する改正。
(3)8条4項→ 以下の条文を追加。「現職大統領及び副大統領の任期は、総選挙の後の1月第3木曜日午前11時に行われる選出大統領及び副大統領の就任の時をもって終了する。」
(4)4条→以下の様に14項を追加。「国会は、法により定められた方法で刑事及び民事裁判において陪審員による審理が行われるようにする。但し、刑事犯罪で2009年12月31日以降に犯されたとみなされ、12年以上の懲役に当たる犯罪の場合は、被告は法により定められた方法で陪審員による審理を受ける権利を有するものとする。」
(5)9条4項→国会議員の資格を以下のように変更:「パラオ市民に限り、25歳以上で、5年以上パラオに居住し、立候補を希望する地区に1年以上居住していること。」居住条件に有った“選挙直前”を削除。
(6)9条8項→以下のように変更:「第8期国会議員の報酬は給与として支払われ、その額は法によって定められる。ただし、当初の報酬総額は第7期国会議員の報酬総額を超えてはならない」
(7)9条11項→追加及び変更。「現職国会議員の任期は、総選挙の後の1月第3木曜日に行われる選出国会議員の就任の時をもって終了する。」「国会両院は総選挙後の1月第4火曜日に開会し、4年の間定期的に会議を持つ。」
(8)→国会議員の任期制限の撤廃。2004年の憲法改正で成立した任期制限を撤廃し元に戻すもので、レメンゲソウ大統領が強く反対している。
(9)10条2項→最高裁判所の控訴部門と審理部門を分離する改正。
(10)14条2項→「修正提案がこの条の要求を満たすと選挙管理委員会が認証した後、総選挙の前後6ヶ月以内に全国投票が行われない場合には、修正提案について法の定めに従い全国投票を行う。投票で過半数を獲得し、かつ、4分の3以上の州によって修正提案が承認された場合、当該修正は修正そのもので定められた発効日に発効する。発効日が定められていない場合には、投票結果が認証された日に発効する。」総選挙時以外にも、憲法改正のための投票ができるようにするための案。
(11)4条→新しい項を追加。「中級以上の教育及びそれ以上の高等学習機関における学問の自由は保障される。」
(12)3条→多重市民権を認めるために市民権についての定めを変更。「片親または両親がパラオ市民であるか、パラオの血を受け継いでいると認められる者はパラオ市民である。他の国の市民権は、その者のパラオの市民権に影響を与えない。」
(13)3条4項「片親または両親がパラオの血を受け継いでいると認められる者は、パラオに入国、居住する権利、並びにパラオに帰化する請願権を含む法の規定するその他の権利、特権を享受することができる。ただし、パラオに帰化する以前に他国籍を放棄しなくてはならない。本項の規定による以外には、パラオへの帰化はできない。」→「パラオの血を受け継いでいると認められない両親から生まれた者で、3歳までに片親又は両親がパラオ市民である親によって養子となっているものは、パラオに入国、居住する権利、並びにパラオに帰化するために国会の特別の行動を通じて請願する権利を含む法の規定するその他の権利及び特権を享受することができる。」
(14)7条→不在者投票用紙による投票ができるようにするための改正。
(15)8条8項「パラオ市民およびパラオ市民によって完全に所有されている団体のみが、パラオにおける土地と海に対する権利を得ることができる。」→「パラオ市民およびパラオ市民によって完全に所有されている団体のみが、パラオにおける土地と海に対する権利を得ることができる。パラオと外交関係を樹立している国は、二国間条約または協定に従い外交目的のために土地を獲得することができる。」
(16)8条8項→「パラオ市民およびパラオ市民によって完全に所有されている団
体のみが、パラオにおける土地と海に対する権利を得ることができる。市民でない者は、土地に対する権利を獲得することはできない一方で、パラオ市民は、パラオ市民でない者或いはパラオ市民によって完全に所有されているのではない団体に対し、99年を上限として土地を貸すことができる。」
(17)5条→新条項を追加。「政府は、パラオの伝承、文化、言語、慣習および伝
統の維持、保護、増進について伝統的リーダーを助けるための前向きな措置をとる。」
(18)4条13項→同性婚の禁止のための改正。
(19)6条→1年生から12年生まで無料の義務教育を定める。
(20)4条→「政府は法の定めに従いすべての市民に無料の健康のための予防措置
を施さなければならない。」
(21)13条2項「この憲法は、パラオ語と英語でそれぞれ記述されているが、そ
の権威は同等である。抵触がある場合は英語による記述を優先させる。」→「この憲法は、パラオ語と英語でそれぞれ記述されているが、その権威は同等である。抵触がある場合は、パラオ語による記述を優先させる。」
(22)1条2項→パラオ共和国の管轄領域を定める改正。
この憲法改正提案については、パラオの新聞『パラオホライズン』の記事をベースに、現行の憲法条項や今迄の改正論議に関する情報を加味して筆者がまとめたものである。既に出来上がっていると報道されている投票用紙から翻訳したものではないので、内容にばらつきや表現上の違いがあると思われる。その点を含んだ上で参考にして頂ければと思い紹介した。