はじめに
2008年の「憲法および選挙委員会法」(The Constitutional and Electoral Commission Act)によって設置され、2008年7月23日に発足した「憲法および選挙委員会」(The Constitutional and Electoral Commission)(*)は、2009年6月5日の中間報告を経て、同年11月5日に『最終報告』(The Constitutional and Electoral Commission、Final Report,2009)を国王と国会議長に提出した。131頁から成る「最終報告」では、トンガの統治機構を構成する国王・枢密院・内閣・国会および選挙制度改革が検討され、結論として具体的に憲法の改正点が示され、提言の要点が82項目にまとめられている。
本稿では、この『最終報告』で示された憲法改正の要点、および『最終報告』に至る近年のトンガ民主化の諸提案について紹介する。
1.トンガの民主化と君主制
(1)君主制と民主主義
トンガの民主化運動を扱う際に、トンガにおいて「民主化」ないしは「民主主義」とは何を意味するかと言う根本的な問題がある。トンガ人自身が「民主化」・「民主主義」の名においていかなる国家制度を実現しようとしているのかという問題である。「民主化」とは、すなわち王制廃止であるかのように短絡的にイメージされかねないが、これは誤りである。
わが国では、君主制(王制)を民主制の対立概念として論じている例がみられるが、君主制の対立概念は共和制であって、民主制ではない。政体の分類において、世襲の機関である国王が国家元首である君主制に対し、世襲によらない国家元首すなわち大統領を擁するのが共和制である。つまり、君主制と民主制は全く分類の基準を異にする別次元の概念である。
さらに、国民主権と民主制、国民主権と君主制の関係についても触れておく必要がある。国民主権には、いくつかの意味があるが、国家権力の正当性の契機が国民にあること、国政の最終決定権が国民にあること、というのが国民主権の一般的な理解である。これに対し、国家権力の正当性の契機および国政の最終決定権が君主にあるのが君主主権ということになる。
しかし、ここで注意すべき点は、国民主権の国家イコール共和制国家ではない、ということである。このことはわが国の例に明らかである。すなわち、日本国憲法おいて国民主権を宣言すると同時に天皇という世襲の国家機関を認めることで君主政体を採用していることは周知の通りである(日本国憲法第1条・第2条)。また、国民主権の規定は、英連邦系国家の憲法には一般に存在しないという点も指摘しておくべきであろう。少なくとも太平洋島嶼国の中で、共和制国家で国民主権を憲法に規定している例はない。つまり、国民主権の規定がないから民主主義ではないともいえない。国民主権が宣言されていなくても、国政が民主的に運営されていれば、民主主義が行われているといえよう。
このように、「民主化」ないし「民主主義」と君主制は概念上矛盾するものではなく、君主制の下での「民主化」ないし「民主主義」があることが、ややもすれば忘れられがちである。女王を戴くイギリスではあるが、イギリスを民主主義国ではないとする論者はまずいないだろう。このことは天皇を戴くわが国においても同様である。
(2)トンガ国民の民主主義理解
きわめて単純化すれば、「民主化」ないし「民主主義」とは、国政の運営において国民の意思が十分に反映される制度が整備され、その制度が現実にその趣旨通り正しく運用されることである。具体的には、権力分立の統治機構と基本的人権の保障が憲法制度として確立し、普通選挙制によって選出された国民の代表者による政治の運営がなされていることが民主国家の一応の条件であろう。
このような観点からトンガの現行の政治制度を観察すると、トンガ王国憲法では、国家元首たる国王の下で権力分立の統治機構が定められ、基本的人権が保障され、そして普通選挙制に基づく代表者の選出が行われているものの、国会の構成においては国民代表たる人民代表議員の議席が総議席数の三分の一程度である点、および首相と大臣が国王の自由裁量により任意に任命される点で、国民の代表による政治運営が十分になされていないとの判断が、一応可能である。
実際、トンガにおける90年代後半からの民主化要求の最大の争点は、国民代表たる人民代表議員の議席数の拡大にあり、それとともに国王権力を制限して人民代表議員の意思をよりよく国政に反映させるため、内閣の形成における国会の関与を求める等の制度改革論であった。しかしながら、人民代表議員の議席数の拡大および国王権力の制限という民主化要求によって、いかなる民主主義モデルを求めているかは、それほど明確とはいえなかった。トンガの憲法制度を前提に現在の民主化論者の要求を勘案すれば、その行き着く先はイギリス型あるいは日本型の議院内閣制をとる立憲君主制に帰着することは明らかであるが、トンガ国民は運動家も含めて一般にこの点について明確な認識を欠いていた。
例えば、あるトンガ人研究者は、民主化運動に関わる諸勢力の民主主義モデル観について、次のように分析している。
「今日のトンガにおいて明らかなことは、民主化運動は1992年の国民会議(National Convention)に端を発するものであり、そこでは政治家・学識経験者・教会指導者が集い、トンガにおける民主主義の問題、すなわちトンガにおける民主主義の意味と適用が議論されたことである。以来、トンガにおける民主主義については、今日の世界のどこでも見られるように、それを推進しようとする勢力の利害関係によって様々なアプローチが行われてきた。この民主改革に向けた動きは、政治の場面では政治家と一般国民の両者によって推進されてきたが、両者を結ぶ共通の糸は、トンガ国民の大多数を占める一般国民(=平民 commoners)の政治的代表をより拡大することにある。では、そのためにいかなる民主主義モデルを採用するかという問いに対しては、一般国民はこの点を明確に意識していないように思える。多くの民主主義のモデルがこれまでに提唱されてきたが、そのいずれもが国会における一般国民議席(人民議席・平民議席)の拡大を求めるものであり、その中には国王権限の削減を求め国王を日本の天皇や英国女王のような存在にするというものもあった。ところが、民主化運動にかかわるすべての勢力によって受け入れられた一つの民主主義モデルは存在せず、ただ一つ明らかなことは、いずれもが政治過程に対しより多くの一般国民(平民)が参加することが必要であるという点だけである。」(Suka Mangisi, Democracy in Tonga and Japan's New Diplomatic Strategy, 2008, p.1)
これが、トンガにおける民主化運動の実態であった。つまり、より多くの一般国民代表議席を確保し、一般国民の意思を国会の場で反映できる制度を実現することが、トンガ国民が共通してもつ「民主化」ないし「民主主義」であった。それに伴い、首相を含む大臣の選任に国会の意思を反映できるように国王の権力を制限し、国王を象徴的な存在にすべきであるという「民主化」の主張もあったが、国民の一致した見解とまではいえなかった。
2.近年の民主化提案
(1)「国民委員会」(NCPR)の提案
2005年10月24日、国会において「政治および憲法改革のためのトンガ王国国民委員会」(National Committee of the Kingdom of Tonga for Political and Constitutional Reform : NCPR)(以下「国民委員会」または「NCPR」という。)の設置が決まった。この委員会は、2004年9月の国会で、ツイペレハケ王子(2006年7月6日、訪米中に交通事故で死去)が創設を提案したもので、@首相によって選任される大臣(1名)、A貴族代表議員から選任される貴族(1名)、B人民代表議員から選任される議員(2名)、C提案を行った国会議員(人数の定めなし)、D委員会が選ぶ公務員でないトンガ人(4名)、E@からDによって選ばれる予備委員(4名)で構成された。2005年11月18日に第1回会合が開かれ、ツイペレハケを委員長に選出した。11月22日には、トンガ政府は国民委員会の設置に賛同と支持を表明した。
国民委員会の目的とする政治・憲法改革は、トンガの人々のための社会的・経済的発展を推進する国家統合を促進することであり、その実現のために国民委員会は国民の議論や意見をひろく聴取し、それを分析することを任務とした。そのために、トンガ国内の各地および在外トンガ人の意見を聴く場として「タラノア」(talanoa:話し合い)というヒアリングの機会が2006年2月から開始された。2006年7月5日、ツイペレハケ王子とクイニ王女が交通事故で死亡するという悲劇に見舞われたのは、タラノアのための訪米中の出来事であった。
こうして、トンガの内外で各階層(国会議員・公務員・企業家・貴族・教会指導者・学生・教師・親・老人・若者など)の多数のトンガ人の意見を聴取し、2006年8月末に全行程が終了し、同年8月31日付けで報告書(TONGA : FOR THE ENRICHMENT OF THE COUNTRY−Political and Constitutional Reform to Enrich the Unity of the Country which will Promote Social and Economic Development of the People of Tonga)が国王に提出された。150頁を超えるこの報告書の主要点は、以下の通りである。
@現在の政治・社会構造の変更を勧告するものではないが、国王権力の変更、政治決定への国民参加の拡大を含む。その意味で、政治システム内での改革にとどまるものではなく、憲法レベルの改革である。NCPR提案は、トンガの政治システムおよび憲法の全面的な変更を帰結する。トンガ独自の制度である、国王・貴族・一般国民の三者で構成される一院制の国会を、ウエストミンスター型の制度に変更するものであるが、国会に国王が含まれず、貴族と一般国民の二者で構成される。
ANCPR提案による議席配分は、一般国民代表(人民代表)議席を現行の9議席から17議席に拡大し、貴族代表議席は現行の9議席を維持するが、国王任命議席は廃止する。そして、首相については、一般国民代表議員および貴族代表議員を合わせた26名の議員により選出された者を国王が任命する。
現行制度とNCPR提案の議席数比較
現行制度 NCPR 提案
国王任命議席 あり 廃止
貴族代表議席 9 9
人民代表議席 9 17
しかし、この提案には、次のような反論もあった。
@国会の構成が、国王・貴族・一般国民の三者で構成されているのは現在のトンガ社会の反映であり、この制度が過去131年間にわたりトンガに平和と安定をもたらしてきた。これを、国王を抜きにした貴族と一般国民の二者だけで構成されるウエストミンスター型議院内閣制の国会へと変更することは、最終的に国王の役割を儀礼的なものに制限することになる。
Aトンガ憲法第30条によると、トンガ国王は明らかに政府の行政部門に関わっていて、この点で英国女王ともオーストラリアの総督とも異なる。したがって、NCPR提案の改革の本質は、国王を純粋に儀礼的は地位に押し込めようとするか、または最悪の場合、王制を廃止につながるものである。
(Lopeti Senituli, The Attempted Coup of 16 November 2006, Government of Tonga, 2006, pp.9-10)
(2)政府の改革提案(2007年10月19日・国会提出)
2007年10月19日に首相によって国会に提出され、翌20日に枢密院で国王の承認を得た改革案は、NCPR提案とは異なり、国王の大臣任命権を認めつつ、その数を14閣僚のうちの3分の1とし、人民代表議員・貴族議員またはそれ以外の者から自由に任命することができるとした。
国会の議席については、国王任命議席と貴族議席については現行通りとする一方、人民代表議席を現行の9議席から14議席に拡大するもので、NCPR提案と比較するときわめて現状維持的な案であった。
現行制度・政府提案・NCPR提案の議席数比較
現行制度 政府提案 NCPR提案
国王任命議席 あり あり 廃止
貴族代表議席 9 9 9
人民代表議席 9 14 17
(3)人民代表の改革提案(2007年11月9日・13日国会決議)
2007年11月9日、国会における人民代表議員は、国会議席の改革についての決議を行った。この日の決議では、貴族によって選出される貴族代表6議席、一般国民によって選出される人民代表17議席とされたが、その後13日までにその数が変更され、貴族によって選出される貴族代表9議席、一般国民によって選出される人民代表21議席となった。
貴族代表議席を当初の3議席削減の6議席から現行通りの9議席に修正したのは、国民がこの貴族議席の3議席削減案を支持しないことが分かったから、というのがその理由であった。一般国民の間では、貴族制度に対する根強い支持が窺えた。
現行制度・人民代表議員の当初提案・同修正提案の議席数比較
現行制度 当初提案 修正提案
国王任命議席 あり 廃止 廃止
貴族代表議席 9 6 9
人民代表議席 9 17 21
(4)諸提案における「民主化」の要点
以上で見たように、近年の民主化の争点は国会議席配分の変更にあり、このことと連動する形で国王権力の制限が争点となっていた。すなわち、トンガにおける民主化運動とは、人民代表議員(representatives of the people)・貴族議員(representatives of the nobles)・国王任命議員(Privy Councilors and Cabinet ministers, who shall sit as nobles)の三者で構成される国会(Legislative Assembly of Tonga)(憲法59条)における人民代表議員の数を増員し、国会において人民代表議員の数が全構成員の過半数となるよう選挙法を改正し、一般国民の意思がいっそう国会の場で反映されることを求める運動であった。
各提案を比較すると、いずれも貴族代表議席を現行通りの9議席とし、人民代表議席数を増加させた点で一致が見られる。州知事、大臣による国王任命議席については、政府提案だけが現状維持で、その他の提案はいずれも廃止とした。こうして、国会における人民代表議席数の増加と国王任命議員の廃止、および貴族議席数の現状維持によって、国会における人民代表議席の割合が相対的に増加することになった。
現行制度・NCPR提案・政府提案・人民代表議員提案・最終報告の議席数比較
現行制度 NCPR 政府 人民代表 最終報告
国王任命議席 あり 廃止 あり 廃止 廃止
貴族代表議席 9 9 9 9 9
人民代表議席 9 17 14 21 17
そして、首相ならびに各大臣の選任において、国王の意思による首相ならびに各大臣の任意の任命に代えて、一般国民の意思が人民代表議員を通じて間接的に反映されることが意図された。具体的には国会における首相指名選挙による首相選出、および首相による各大臣の任命(指名)が、眼目であった。これが民主化運動の要求するところであり、貴族議席(または貴族制度)の廃止や王制の廃止による共和制移行といった要求は皆無といってよい。むしろ、貴族制と王制はトンガの伝統文化であり、国会の構成に置いても、この両者を構成要素とする制度は維持すべきであるという点で、国民的一致がみられる。ただし、この程度の改革であっても、従来の王権を大幅に制限することになり、トンガ王国の「憲法」(Constitution)の変更になるため、単なる選挙法や国会法の改正にとどまる問題でないことは確かであるが、立憲君主制の枠組みの中での国王権力の制限であることに変わりはない。
3.『最終報告』の要点
『最終報告』には、本文の後に改正の要点が82項目にわたって掲げられている。その中から、特に重要とか思われる点を拾い出し、まとめてみたい。
(1)君主制(The Monarchy)
憲法改正の基本方針は、現行のトンガ王国憲法の条項に付加・修正を加えることによって行われ、いかなる変更もこれまでに確立された憲法慣習を変更するものではない、とする。改正によって実現されるのは、国王の権能を形式化・儀礼化し、内閣が行政権を担い、内閣が国会に対し責任を負う、議院内閣制のもとでの立憲君主制(Constitutional Monarchy)である。
@国王・枢密院と行政権の関係
国王と枢密院は、行政部の一部ではなく、内閣(Cabinet)が行政部となり、国会 (Legislative Assembly)に責任を負う。
A国王と内閣との関係
国王は、任意に首相または閣僚を任命する権能を持たない。国王は、国会の助言に基づき首相を任命し,閣僚は首相の助言により国王が任命する。
B国王と司法権の関係
@)国王は、司法業務委員会(Judicial Services Commission)の助言に基づいて上訴裁判所(Court of Appeal) および最高裁判所(Supreme Court)の裁判官を任命する。
A)国王による恩赦は、国王が首席裁判官(Chief Justice)との協議の後にのみ、合法となる。
B)司法裁判所によって刑法違反によって科された、いかなる判決の免除・軽減も、合法ではない。
C)裁判官の規律および解職は、司法業務委員会の責任である。
C国王と国会の関係
@)国王の任意の法律への同意権、および任意の国会解散権は、削除されたり修正されるべきでない。
(2)枢密院(Privy Council)
@枢密院の地位・構成・活動
@)枢密院は、国王の助言機関として、国王の重要な権能の行使に責任負う。
A)枢密院議員は、従来通り国王が任意に任命する。但し、ババウおよびハアパイの各州知事,伝統委員会(Traditions Committee)の委員長、2名の任命された貴族、1名の教会指導者は、職務上当然の枢密院議員となる。任命議員は、所属機関の助言に基づき、国王が任命する。
B)枢密院は、選挙で選出された国会議員を含まない。
C)枢密院は、従来通り国王が召集する。但し、3か月毎に1回、職務上当然の枢密院議員が出席する会議を召集する。
A枢密院の権能
@)枢密院は、命令(ordinances)またはその他の立法の審議権を一切有しない。
A)枢密院は、司法権能も有しない。
B枢密院議員
@)枢密院議員は、国会に議席を有しない。枢密院議員が貴族議員または人民代表議員に選出されたときは、枢密院議員の議席を喪失する。
(3)首相と内閣
@首相の選任
@)首相は、国会の選挙選出議員の中から、選挙選出議員によって選ばれる。
A)総選挙後に任命された国会議長の最初の任務は、首相の任命を要請することであり、選挙結果の宣言から2週間以内に、新たに選出された代表者によって構成される国会を召集し、3以内に首相を選出する。
B)首相は、国会の推薦に基づき、国王によって任命される。
C)首相の選択には、この報告書の[133]に定められた手続きによる。
A首相の権限
@)首相は、自ら、毎週、国および政府の状況について、国王に報告する。国王が国外にあるときは、報告は、国王および摂政に対し、文書によってなされる。首相が国外にあるとき、またはその職務を行い得ないとき、報告は首相代行がおこなう。
A)首相は、大臣に任命したい人物を、国王に助言する。
B)国王は、首相の助言にもとづき、大臣を任命する。
C)首相は、国会で職務宣誓を行う。
B内閣の構成・責任
@)内閣は、首相と10人以内の閣僚で組織される。
A)内閣は国会に対し連帯して責任を負う。
B)首相およびその他のすべての大臣は、国会の選挙選出議員の中から任命され、その選出された選挙区の代表としての地位を維持する。
C)大臣の地位を失った者は、弾劾または他のいかなる規律上の、もしくは憲法66条に該当する理由によって、議席を奪われない限り、次の選挙まで、通常の選挙によって選出された代表として国会における議席を維持する。
D)大臣は、国会で職務宣誓を行う。
E)すべての内閣の最終決定は、首相によって、国家または公共の安全に関する事項、商業上の秘密とされた事項、継続的な交渉に付されるかまたは政府の外交関係を阻害するおそれのある事項、とされたものを除き、国民に開示される。
C首相の不信任動議
@)国会は、首相に対する不信任動議権を有する。
A)総選挙後の最初の18ヵ月間、または総選挙前の6ヵ月間は、不信任動議を提出できない。
B)不信任動議が提出された場合、その成否にかかわらず、以後6ヵ月間は、再び不信任動議を提出することができない。
C)不信任動議は、代わって首相になろうとする国会議員の氏名が書かれていない場合、受け付けることは出来ない。
D)不信任動議が国会で可決されたときは、首相およびその他の閣僚は総辞職し、国王は、国会の助言に基づいて、可決された不信任動議の中で氏名が記されていた国会議員を、首相に任命する。
D司法長官
@)司法業務委員会の助言により、国王によって任命される、司法長官(Attorney General)がおかれる。
A)司法長官の職は、憲法上の公職であり、その独立が保障される。
(4)立法部(Legislature)
@国会の構成
@)17人の人民代表(people's representatives)と9人の貴族代表(nobles' representatives)が、国会(Legislative Assembly)に選出される。
A)国王は、貴族代表の中の1名を国会議長(Speaker of the House)に任命する。
B)国会議長の任命は、総選挙結果の公示から1週間以内におこなわれる。
C)国王は、選挙選出議員の総議員の3分の2以上による議長解職請求を受理したとき、議長を解任し、別の貴族代表を議長に任命する。
現行制度と最終報告の議席数比較
現行制度 最終報告
国王任命議席 あり 廃止
貴族代表議席 9 9
人民代業議席 9 17
A国会の活動・情報公開
@)総選挙後の初の国会の会期の開会日は、国会議長が国王および首相と協議した後、国会議長が決定する。
A)国会議員の任期は、最長3年とされるべきである。
B)公共の重要性に関する事項についての立法は、国民の意見表明の時間と機会を確保できる方法で公開される。
C)メディアを含む国民は、国会の議事録および国会における公聴会のすべての記録に対する十全のアクセスを持たなければならない。
B国会議員
@)各国会議員が、国会において法案を提出するか、またはその他の手続きを行う権限は、憲法に規定されるべきで、その条項は、一般国民による公共の利益に関するすべての法案の適切な審議のため、十分な時間を含むべきである。
A)憲法70条[国会における侮蔑的発言等を行った者の処罰規定]は、国会議員の非行に関する、その他の行為を含む。
B)国会議員が70条違反の非行により有罪とされたときは、それに代わる科刑または付加刑として、28日間の登院停止を命ずることが出来る。
B)国民は、懲戒に値する選挙選出議員の行為に対し、文書で懲戒要求をすることができる。
C)貴族代表議員の裁判に関する憲法71条[貴族議員の地位にふさわしくない行為をした者の裁判]は、その他の条項がそのまま残されるときは、削除され る。
D)憲法76条[貴族議員・人民代表議員の死亡または辞任に伴う補欠選挙]は、その議席を剥奪された代表に代わる議員を選出する補欠選挙が実施される場合を含むよう修正される。
(5)選挙委員会
@)独立の選挙委員会(Electoral Commission)が設置される。
A)選挙委員会の設置は、2010年の総選挙に間に合い、その機能を発揮できるように、最優先される。
B)選挙委員会の任務は、選挙区画を決定し改定する権限、様々なメディアの利用を規制し管理する権限を含み、後者には、選挙期間中の、政治に関する広告を掲載すること、政治に関する放送と訴え、および選挙委員会による選挙期間の決定を含む。
C)選挙委員会は、選挙ならびに選挙期間中および選挙期間以外の立候補者の経費支出の規制および管理を行い、選挙結果の公示から2週間以内に、すべての立候補者がその選挙における当落にかかわらず、収支報告を提出することを要求する。
(6)選挙制度
@投票方式
@)投票は、単記移譲式投票(single transferable vote)とする。
A)さらなる選好の順位付けは、投票者の自由裁量に委ねられる。
A選挙区・議員定数
@)人民代表の議員数は、トンガタプー選挙区9人、ババウ選挙区とハアパイ選挙区が各3人、エウア選挙区とニウアトプタプ/ニウアホウ選挙区が各1人とする。
A)選挙区は、トンガタプー選挙区、ババウ選挙区、ハアパイ選挙区、エウア選挙区、およびニウアトプタプ/ニウアホウ選挙区の現行のままとする。
B)トンガタプー選挙区はさらに3つの選挙区に区分され、各選挙区は人口比に応じた代表数とする。
C)トンガタプーの選挙区の区画および各選挙区から選出される代表の数は、選挙委員会によって決定される。
選挙区と議席数
選挙区 トンガタプー ババウ ハアパイ エウア ニウアトプタプ/ニウアホウ
人民代表議席 9 3 3 1 1
B貴族代表
@)国会における貴族代表の議席数および選挙方法は、現行のままとする。
A)貴族代表として選挙権を有する現在の貴族の数は、増員されない。
C有権者
@)有権者の登録および特定の選挙区または地区で投票する権利は、投票者の登録する通常の居住地に基づく。
A)最新の、かつ正確な有権者登録のため、迅速かつ効果的な措置がとられる。
B)国籍法(Nationality Act)の第2節における「トンガ人」の定義は、憲法64条(選挙人の資格)の用語の定義に従う。
C)納税し読み書きが出来るものに限り選挙人資格を有するという64条の要件は、削除される。
D)海外に居住するトンガ人は、選挙人としての登録が継続し、投票日にトンガに滞在しているときは、投票できる。
(7)その他
@)憲法に、前文は付さない。
A)憲法は硬性憲法とし、いかなる改正も国会の総議員の3分の2の多数の賛成を必要とする。
4.今後の展望
以上、憲法および選挙委員会の『最終報告』の要点を示した。この報告通りに憲法が改正されると、トンガは、今日のわが国に近い立憲君主制に変貌する。現在の国王が持つ実質的な権能が他の機関に移譲されるか、または大幅に縮小する一方で、人民代表議員の議席拡大と権能の強化によって、トンガの「民主化」が大きく進展することになる。
しかし、ここで忘れてはならないのは、トンガにおいては、国王・貴族・一般国民という三者によって国家が形成されるという伝統への強固な支持が一般国民にも根強くみられる点である。このことは、「民主化」に向けた憲法改正をいいながら、貴族議席を現行のまま維持し、君主制廃止論が出ないことに端的に示されている。伝統的な社会構造を維持し、それを統治機構に反映させながら「民主化」を推進する、トンガ独自の政治発展の姿がここに現れている。
2009年11月17日から12月18日にかけて、トンガ国会は『憲法・選挙委員会:最終報告』で提示された82項目の提案について審議した。その様子は、ラジオトンガAMで完全実況中継された。トンガ初の試みであり、トンガ政治史上もっとも注目すべき出来事であった。トンガ国民は、放送を通じて国会議員の能力を判断するとともに、現行の政治制度についての理解を深め、国会議員が将来について明確な展望を持っているか否かを、自らの耳で確かめたのである。
12月18日、トンガ国会は82項目の提案の審議を終了し、63項目の提案が可決され(うち45項目は政府修正)、19項目が否決された。しかし、『最終報告』の提案について、重要な変更は一つも加えられていないといわれる。(Pesi Fonua, Matangi Tonga, Jan. 17, 2010)
12月11日には、2010年の11月に実施予定の総選挙に向けて王国選挙区画委員会(Royal Constituency Boundaries Commission)が設置され、2010年6月30日までに報告書が提出されることになっている。憲法改正草案と選挙日程の決定に注目したい。
注(*)
憲法・選挙委員会は、枢密院が任命した次の5人の委員で組織されている。委員長ゴードン・ワード(Honorable Justice Gordon Ward)[前トンガ首席裁判官・内閣推薦]、エキ・ノペレ・バエア(Noble 'Eki Nopele Vaea)[貴族議員推薦]、シティベニ・ハラプア(Dr Sitiveni Halapua)[人民代表議員推薦]、アナ・マウイ・タウフェウルンガキ(Dr 'Ana Maui Taufe'ulungaki)[司法業務委員会推薦]、シオネ・ツイタヴァケ・フォヌア(Sione Tu'itavake Fonua)[司法業務委員会推薦]。
参考文献(本文中に掲げたものを除く)
・東 裕「トンガ王国憲法と民主化運動」、憲法政治学研究会編『憲法政治学叢書2 憲法における東西事情』所収、成蹊堂・2000年。
・ 同 「トンガ王国」、憲法制度研究会編『各国憲法制度概説(増補改訂版)』所収、政光プリプラン・2002年。