PACIFIC WAY
    日本と太平洋島嶼国との貿易に関する統計分析
    
    〜2006年から2010年を中心に〜

研究員 黒崎岳大(くろさき たけひろ)


 
1.はじめに
 
本稿は、太平洋諸島フォーラム島嶼国(Forum Islands Countries;以下、太平洋島嶼国)14ヵ国・地域と日本との貿易関係の実態について明らかにすることを目的に、日・太平洋島嶼国間の貿易に関する統計データを分析する。特に、過去5年間(2006〜2010年)の日本と太平洋島嶼国各国の取引の推移に注目する。すなわち、過去10年間にわたる両地域間の輸入・輸出量の変化、日本と各国との貿易量の変化の特色、太平洋島嶼国地域から日本に輸出される産品などについて、それぞれ特徴を指摘しつつ、リーマンショックや日本国内の長引く経済停滞の影響を受けつつも、全体として拡大の傾向を示している両地域間の貿易関係について、その原因を探るのが本稿の主たる目的である。そして、この特徴が今後の両地域間の貿易の振興にとってどのような傾向をもたらすのであるか、あるいは今後の貿易を進める上での障害となる点などについて検討する。


  本稿では、上記の目的のために日本と太平洋島嶼国との貿易に関する統計を利用する。これまで、同地域においてこの統計に関する十分な検討が行われていないこともあり、まずそれを次節で同統計及びそれを作成している国際機関太平洋諸島センターについて述べる。


 なお、本稿において、「太平洋島嶼国」とは太平洋島嶼国で構成されている国際機関である太平洋諸島フォーラムから、オーストラリア及びニュージーランドを除いた13ヵ国・1地域を意味する。すなわち、クック諸島、ミクロネシア連邦、フィジー、キリバス、マーシャル諸島、ナウル、パラオ、パプアニューギニア、サモア、ソロモン諸島、トンガ、ツバルおよびバヌアツの13ヵ国と、ニウエを指す。
 
2.貿易データについて〜太平洋諸島センターと『統計ハンドブック』〜
 
本稿の分析には、東京にある国際機関太平洋諸島センターで作成された『統計ハンドブック:日本と太平洋島嶼国との間の貿易と投資』(2007年〜2011年版)に掲載されている貿易統計を用いる。

  太平洋諸島センターは、1996年に日本政府と太平洋地域の国際機関である太平洋諸島フォーラムにより設立された国際機関で、日本と太平洋島嶼国との間の貿易・投資・観光の促進を通じて、同島嶼国の経済的発展を支援することを目的とし、日本と太平洋諸島を結びつける、あらゆる経済関係の窓口として位置づけられている(1)。また、2009年より明治大学内にオフィスを移転したことを契機に、一般の日本人に対して太平洋島嶼国の存在をアピールすることを重視しており、大学機関やメディアとの協力関係を重視しながら、太平洋島嶼国の重要性を若い世代に啓蒙する活動を進めている(2)

『統計ハンドブック』の作成は、同センターが設立された1996年より毎年作成されている。同ハンドブックは、日本と太平洋島嶼国との貿易と投資関係を紹介し、太平洋島嶼国へのビジネスや貿易取引に関心を持つ人々の役に立つことを目的としており、ジェトロ(日本貿易振興機構)日本貿易統計データベース(財務省の貿易統計に基づく)を基に関連統計を取りだし、まとめながら作成した資料である。毎年作成されているが、直近の5年間の貿易統計を対象としている(3)
 
3.日本と太平洋島嶼国との間の貿易動向
 
 以下、『統計ハンドブック』に掲載されて資料をもとに、日本と太平洋島嶼国との間の貿易関係について分析していく。なお、本稿で用いられる表および図に関しては、別途記述がない場合は『統計ハンドブック』より出典したものとする。
 
 (1)日本と太平洋島嶼国との間の貿易の推移
 表1からもわかるように、2001年以降の過去10年間にわたり、日本の貿易に占める太平洋島嶼国の割合は、0.1〜0.2%に過ぎない。一方で、図1のグラフからも明らかであるが、対島嶼国との輸出・輸入額は、共に概ね拡大傾向を示している。

  日本から太平洋島嶼国への輸出額は拡大傾向にあり、とりわけ2005年以降急激に増加傾向を示している。一方、太平洋島嶼国からの輸入額についても2004年までは伸び悩み傾向を示していたものの、2005年度以降は急激に拡大を示しており、リーマンショックの影響で2009年は一時的に落ち込んだものの、再び上昇傾向を示している。

  太平洋島嶼国から日本へもたらされる輸入品目については、原料品が全体の60%から70%を占めており(図2)、その割合は年々増加傾向にある。これは日本への輸出相手国として約6%を占め、世界第6位の相手国となっているパプアニューギニアの銅の影響が大きい。一方、2005年には全体の約4分の1を占めていた食料品、動植物生産品は金額ベースではそれほど大きな変化はないものの、輸出額全体に占める割合は低下傾向を示している。またパプアニューギニアの石油が大多数を占め、全体の15%程度を占めていた鉱物性燃料も、全体の割合としては低下傾向を示しているものの、2013 年に液化天然ガスの日本への輸出が開始されることを考えると、今後拡大に転じる可能性も高い。

  太平洋島嶼国内における日本との貿易額の順位を比較すると、あまり大きな変動は見られない。日本からの輸出額でみると、第一位はマーシャル諸島であり、その金額は毎年急激に拡大している(表2)。ただし、これはマーシャル諸島が現在進めている「便宜置籍船」制度に基づく日本からの「見せかけ上」の輸出の部分が大きい。

  「便宜置籍船」とは、船主が税金や人件費の削減を目的に、規制の緩い国で登録した船舶のことである。マーシャルを世界有数の便宜置籍船国にまで押し上げるのに貢献したのが、ワシントン郊外のヴァージニア州レストンにあるインターナショナル・レジストリーズ(IRI)という会社である。同社は米国法を使用するマーシャル諸島共和国から海事・法人管理局業務を受託し、法人設立、船舶登録、抵当権設定、海技免状・船員手帳発行などの業務を行っている。IRIの特徴としては、船主の会社がマーシャル諸島で船籍を取得し、「法人、有限合資会社、有限責任会社や、外国海運会社」を設立するにあたって、現地に赴く必要はなく、書簡やファックス、電子メールで数回やりとりをすればこと足りるという簡便性にある(4)

  IRIによる積極的な事業拡大の結果、2010年1月1日現在、マーシャル諸島はバハマを抜いて便宜置籍船総トン数で世界3位になり、翌2月に登録数でも世界3位となった(表3)。2010年3月現在では、登録隻数約2156隻であり、世界最大の登録数伸び率を記録している。マーシャルの現地報道によれば、IRIは今後もこの「便宜置籍船」制度を利用しながら、マーシャルの重要な「産業」として育てていくとのことである(5)

  こうした便宜置籍船国であるマーシャルを除くと、実質上最大の輸出相手先と言えるのは、太平洋島嶼地域最大の人口を抱えるパプアニューギニアである。金額的にも2006年からの5年間で3倍強に増加するなど、順調に拡大傾向を示している。とりわけ液化天然ガス(LNG)の開発などのブームにある同国では、工業製品、とりわけ自動車などの輸送機械の日本からの輸入が急激に拡大しており、LNGの日本への輸出が本格的に開始される2013年以降この傾向は益々強くなると予想される。なお第3位と第4位は、バヌアツ及びツバルであるが、これらの国も日本からの船舶輸出に伴うものである。

  一方で、太平洋島嶼国側から日本への輸入額及び順位についてみれば、最大はパプアニューギニアであり、2010年度のデータによれば、第2位のフィジーとの間で約12倍の差がある(表4)。パプアニューギニアからは、銅や石油などの地下鉱物資源に加え、木材や魚介類など様々な原料品が日本に輸出されている。第2位のフィジーも魚介類や木材が中心である。また第3位のバヌアツは、マグロなどの魚介類に加え、冷凍の牛肉の輸出が行われている。この牛肉は、主として沖縄に輸出され、コンビーフに加工されている。その結果、日本への冷凍牛肉の輸入額は世界第6位となっている。
 
 (2)太平洋島嶼国から日本への品目別輸入額の推移
 次に太平洋島嶼国から日本へ入ってくる品目別輸入額の特徴とその割合の推移についてみていく。
 
  (イ)日本のマグロ・カツオの輸入先上位国
 太平洋島嶼国は、国土は狭いものの広大な排他的経済水域を保持しており、それに伴う漁業資源は、極めて大きな貿易産品と言える。とりわけ、マグロやカツオに関して言えば、日本の食卓に並ぶマグロ・カツオの約80%が太平洋でとれたものと言われている(6)

  マグロやカツオは回遊魚であるため、その年どの島嶼国の海域で採れるかについては不明な部分も多い。また日本の場合はこれまで水産庁を中心に政府間及び民間で相手国との間に漁業協定を結び入漁料を支払いつつ、日本からの漁船がその国の経済水域で漁獲を実施しているケースが多かった。しかしながら、1980年代以降中国や台湾、韓国などでのマグロ需要の高まりの中で、同国・地域からの漁船が増加し、各国がマグロの漁業管理に力を入れるようになってきた。また、ナウル協定の設立に代表されるように、各島嶼国は、入漁料と引き換えに相手国の漁船が経済水域での漁業の権利を与えるという方式から、日本や中国からの投資実績をもとにマグロ漁船の操業日数割当量を決定していく方式へと、姿勢を変えてきている。以上のことから、今後各国で水揚げされ、日本へと輸入されるマグロ・カツオが増加していくことが想定される。

  マグロの輸入量に関しても、生鮮や冷蔵ものに関しては全体として減少傾向を示している。これに対して、冷凍ものの日本への輸出は拡大傾向にある(表5〜8)。とりわけフィジーにおける冷凍マグロの需要は順調に増加している。これは現地に日本の水準に合うような冷凍工場を建設した結果である。とりわけ、2011年3月に起きた東日本大震災の時も、東北地方の漁港が津波の影響で壊滅状況にある中、同漁港から入ってくるマグロの供給を補うために、日本の商社がフィジーの加工工場と連絡を取り、輸入の手続きを開始している。

  マグロの種類別でみると、生鮮もののメバチマグロはパラオやミクロネシア連邦など北半球の島嶼国からの輸入が多いのに対して、ビンナガマグロはフィジーやクック諸島、トンガなど南半球の島嶼国から輸入されるものが多い。また、冷凍もののカツオはマーシャルやミクロネシア連邦、キリバスから多く輸入されている。 
 
  (ロ)日本のバニラビーンズの輸入先上位国
 パプアニューギニアでは、熱帯気候と肥沃な土壌を利用して、バニラビーンズを栽培・加工する企業が増加し、主要な輸出産品の一つに成長してきている。パプアニューギニア政府や関連企業は、当初は豪州への輸出を中心に事業を拡大してきたが、更なる市場開拓を求め、現在日本市場への輸出努力を続けている。

  バニラビーンズは、世界市場から見るとマダガスカルが、全体の80%近くを占めるなど、圧倒的に優位な状況にあり、国際取引価格もマダガスカルの価格に大きく影響されている。日本においても、2010年度に輸入されたバニラビーンズの86%がマダガスカル産である。こうした中で、パプアニューギニアのバニラビーンズの生産は、日本に輸入されたものの、わずか2%強に過ぎないものの、全体の第3〜4位の地位を維持している。(表9)

  確かに全体に占める割合は極めて小さいものの、日本におけるバニラビーンズ市場を考える上ではパプアニューギニアは重要な位置を占めている。その一つは、政治的・地政学的な有利性である。国際市場で有利な状況にあるマダガスカルであるが、一方でクーデタ騒擾が頻繁に起きる国でもある。そのため、いったんクーデタがおきると国際市場価格や供給量が変動しやすいという特徴がある。また、第4位のウガンダと並んで日本まで運搬されるまでのコストや、あるいは海賊などによるシージャックの脅威も存在している。

  これに対して、パプアニューギニアは、日本から見ればシーレーンの一部を形成していることからも、他国に比べ地政学上のリスクは極めて少ない。またバニラビーンズが生産されるニューギニア島南部は国内でも騒擾はほとんどない。

  もちろん、天候不良による収穫量の減少や、輸出に向けた管理システムの不備によるカビの発生などの問題も存在している。ただし、マダガスカルの国際市場における独占状態が続く中で、一定の存在感は引き続き持ち続けていけることは確かであり、品質管理を徹底していくことで、日本市場への拡大も期待できる品目である。なお、パプアニューギニアで生産されるバニラビーンズの種類はタヒティンシスという種類であり、グレードAとグレードB(長さによる違い)で価格に差がないのが特徴である。
 
  (ハ)日本のコーヒーの輸入先上位国
 近年輸入量を順調に拡大してきている農産品として、パプアニューギニアのコーヒーが挙げられる。

  パプアニューギニアのコーヒーの特徴は、熱帯でありながら高地であるという地形の特徴を利用し栽培されており、また香りが高いものの、ごく限られた地域でしか生産できないため市場での取引価格が極めて高いジャマイカ産のブルーマウンテンの原種を取り入れて生産しているという特徴がある。近年では国境の接しているインドネシア産とブレンドされ販売される、あるいは大手コーヒー販売専門店(キャラバン・コーヒー)やコーヒーショップ(スターバックス・タリーズコーヒー)でも取り扱われることが多くなってきている。その結果、表10でも示されるように、日本のコーヒー豆の輸入先のランキングでも2007年の13位から徐々に上昇しており、2009年にはベスト10入りし、2010年には本場のジャマイカの順位を上回る第8位までになった。今後、天候不順による生産量の不安定さから取引単価が急激に上昇するなどの事態が起こらない限り、日本への輸出量並びにシェアは拡大していくものと期待される。
 
  (ニ)日本のパパイヤの輸入先上位国
 日本への輸入産品の中には、現地における生産量の多寡以外に、運搬手段などの社会インフラの影響を大きく受けて、日本への輸出量が大きく変動することがあるが、その典型例がフィジー産のパパイヤである。フィジー産のパパイヤは、非遺伝子組み換え、無農薬栽培の赤果肉のパパイヤで、高い糖度と多くのビタミン、抗酸化リコピンを含んでいる。また食物繊維や解毒作用が強いことから若い女性を中心に注目された果物であり、日本でも南国フルーツの中心的な存在として知名度を上げてきた。他地域のパパイヤと比べた場合、現地で燻蒸する必要が無く、熟した状況で輸入されることが特徴であるが、このことは傷みやすいというパパイヤ本来の特徴と相まって、直行便による輸送が不可欠であるということにつながった。

  フィジーの場合は、1998年より成田へ運航していたエア・パシフィックの航空便を利用し、パパイヤをナンディから直行便で運搬し、輸入してきた。その結果、2007年までは、フィリピン・米国(ハワイやグアムなど)・台湾に次ぐ4番目の輸入相手先国として、地位を占めており、マンゴーなどとともに大手青果店で販売されていた。(表11)

  しかしながら、日本経済の停滞などによるフィジーからの観光客数の減少などにより、エア・パシフィックは2009年3月に成田・ナンディ間の直行便の運航を撤退した。これとほぼ時期を同じくして、2008年の統計データからフィジーからのパパイヤの輸入量は消え、以降2010年までデータ上輸入は行われていない。

  もちろん、航空便の撤退の前からパパイヤの日本への輸出量はデータ上消えているのであるから、エア・パシフィックの成田・ナンディ間の撤退と日本へのパパイヤの輸出量の「消滅」を完全にリンクして考えることは単純すぎるかもしれない。しかしながら、他方で現在も在京フィジー大使館を中心にフィジー産のパパイヤの輸入を進めるべく努力は行われているものの、運搬方法がネックとなって取引にまで至らない、あるいは少量の取引にとどまらざるを得ないということも事実である。その意味でも、パパイヤの輸出は、日本と太平洋を結ぶ直行便の重要性が観光分野のみならず、貿易分野においても極めて大きいことが理解できる事例と言えよう。
 
  (ホ)日本のカボチャ及びサトイモの輸入先上位国
 太平洋島嶼国から日本に輸入される農産品の中で、近年最もよく知られている事例であり、太平洋における農産品輸出の成功例と言われてきたのが、トンガ産のカボチャである。日本におけるカボチャの生産は4月から11月初旬が生産時期となっているため、11月以降海外からカボチャを輸入している。現在は日本への輸入先の第1位がニュージーランドで、トンガはメキシコ、ニューカレドニア(フランス領)に続く第4位である(表12)。トンガは南半球に位置するため、日本ではカボチャの生産にとって端境期に当たる9〜11月に収穫することができる。収穫されたカボチャは、コンテナに詰められ、ニュージーランドを経由し、3週間かけて日本まで運ばれる。品種としては、「ほっこり」、「味平」、「栗じまん」等が栽培されている。

  トンガより日本へのカボチャの輸出が開始されたのは、1980年代後半からで、当時トンガで農産物ビジネスを行っていたファレティ・セベレ氏(トンガ王国前首相)が、関西の貿易商社から日本のカボチャの種を入手し、トンガ国内で生産を開始した。日本におけるハローウィンや「冬至カボチャ」というイベント的な要因に伴う日本国内でのカボチャの需要もあり、トンガからのカボチャ輸入は拡大していった。トンガ国内では1995年のピーク時には、600〜700戸の農家がカボチャを栽培し、15の貿易会社がカボチャを取り扱っており、80〜90年代にかけては、現地で「カボチャ長者」が多く生まれている。

  しかしながら、近年トンガからのカボチャの輸入は急激に減少している。1991年にはトンガからの輸入量は日本国内に入ってくる輸入量全体の21%を占めていたが、2010年には1%を切るまで減少している。現在カボチャ農家及びカボチャを取り扱っている貿易会社は、それぞれ現地に2件ずつしかない。減少した理由として、@カボチャ栽培の費用の増大(輸送費用及び農薬などの諸費用の高騰化)、A日本の消費者の国産嗜好の高まり、B北海道産のカボチャの流通時期拡大(11月下旬まで生産)、Cメキシコ産カボチャの輸出時期の変化(12月中旬より日本市場に進出)などが挙げられる。

  一方で、商品作物としてのカボチャの重要性は現在でも極めて大きい。トンガから日本への主な輸出品は、カボチャ以外にもマグロなどの魚介類やノニジュースといった加工品もあるものの、全体に占めるカボチャの割合は70〜80%に及んでいる。また近年では、これまで日本向けに輸入されていたカボチャが、韓国へ輸出され、徐々にではあるが輸出量も増加している。

  こうした中でトンガ政府も、日本マーケットの端境期を狙ったビジネス成功事例をもとに、カボチャに代わる新たな商品作物の開拓を進めている。とりわけ、2007年以降関西地域のスーパーを中心に拡大してきている有力候補がサトイモである。

  トンガにおけるサトイモの生産が開始されたのは2000年以降である。2001年に農産物の栽培・輸出専門会社として設立されたラウラバ社(LauLava Ltd.)は、当初はカボチャの生産も行っていたものの、新たな日本市場への商品作物の開拓として、サトイモの生産に目を付けた。もともと主食がタロイモであったトンガにとって、同じタロイモ系統であるサトイモの生産は、土壌的の点においても非常に適した農産物であった。ラウラバ社は、日本のサトイモの種を導入し、カボチャ同様、端境期を狙った対日輸出に着手した。

  その後、2003年に太平洋諸島センターの支援プログラムで訪日し、日本の青果関係企業と意見交換を行う中で、日本市場に合うサイズの統一を研究したり、2004年3月には食品関係の商談展示会であるFoodexに出展し、販売促進を実施、同展示会終了後、太平洋諸島センターのアレンジの下で、関西方面の日本企業者数社と商談が行われ、その結果、関西の日本企業(TMC)と商談が成立、2004年6月に1回目の出荷が行われた。2005年7月に大阪、神戸地域での商談を行った結果、関西大手スーパー・チェーンであるイカリ・スーパーとの輸出契約に合意し、2006年から輸出が始まった。

  現在はサトイモ市場の端境期である5月から7月にかけて、関西方面に出荷されており、2010年には2000万円規模の販売にまで拡大することを目指している。サトイモの国内自給率は68%であり、また海外からの輸入相手先の99.8%は中国からのものが占めている(表13)

  しかしながら、トンガはサトイモの輸入相手先として唯一データに掲載される国として存在していることは事実である。またトンガ産のサトイモの注目すべきこととして、その品質の面が挙げられる。通常国内で生産されるサトイモの場合、全体の20%程度は「ゴリ」と呼ばれる繊維質の塊のある芋が存在し、通常は外側から目視したのでは判断できない。ところが、トンガ産のサトイモに関しては、これまで輸入された芋に関してはほとんどこの「ゴリ」が出ていないと報告されている。こうした品質管理の維持を続けていくことで、カボチャの時同様に、サトイモの世界でトンガ産というブランドを育てていくことは重要であろう。また、サトイモ以外の種類のイモの生産(エビイモなど)の可能性について検討することが必要であろう。

  さらに、今後の日本市場への拡大に関しては、日本市場のニーズに合った輸出様式を進めていく必要がある。現在はトンガで収穫されたサトイモは、洗浄後そのままネット入れられ、船便で日本に運ばれ、国内で加工される。ただし、日本でのサトイモ販売の拡大を考えた場合は、トンガ国内で加工し、日本に輸出される様式の方が、輸出量においても利益の面でもより有効である。ただしその場合、日本から技術面を含めてかなりの投資が必要となり、また加工工場の設立に必要な工場用地や水の供給・品質管理が求められる。
 
4.考察
 以上のように、日本と太平洋島嶼国との貿易データをもとに、全体としての貿易の傾向や、品目別の特徴について検討してきた。

  太平洋島嶼国は、経済活動を行う上で、既に言い古された3つの面からのデメリットが存在している。すなわち、国土が広大な地域に散らばり(拡散性)、国内市場が小さく(狭隘性)、国際市場から地理的に遠い(遠隔性)という面であり、これらが開発上の困難となっている点である。その結果、これまでODAにおいても基本的な生活条件の改善を支援するというものの、多くは教育や保健衛生などの面に集中しており、国内産業の育成に関しては手つかずの状態であったと言えるだろう。

  しかしながら、太平洋島嶼国の置かれた地理的条件を単純にマイナスとして考えるのではなく、むしろメリットとして捉える視点も存在するはずである。それを利用したのが、前章で成功例として挙げられた輸入品目であろう。

  具体的には、まず広大な経済水域の存在である。国土が海洋によって拡散しているということは、裏を返せば国内には広大な経済水域が存在しているということである。前節でもふれたように、日本の食卓に並ぶマグロやカツオの多くは、この太平洋で獲得されている。太平洋島嶼国側も、魚食が高まっていることを受けて、自国内でその魚を水揚げし、加工し、輸出していくという考えが芽生えてきている。これは必ずしも日本の水産関係にとってプラスとは言えない面もあるものの、経済的自立を目指す太平洋島嶼国にとっては大きな資源と言えるだろう。

  また、国際市場から遠いという面は確かに存在するものの、日本市場にとってみた場合必ずしも「遠い」と単純に捉えるべきではない。日本から見た場合、太平洋島嶼国は、中東やアフリカ、あるいは中南米諸国と比較して、距離的には近い。また石油タンカーのシージャックでも明らかなように、これらの地域は地政学的なリスクもかなり存在している。それに比べて、パプアニューギニアなどは、日本から見て真南であり地政学的にも障害となる要因はほとんど存在しない。むしろ、バニラビーンズの事例のように、他国の地政学的リスクが、自らの輸出品にとって利となっているのである。交通機関が発達した現在では、こうした地理的な距離よりも、航空便などの交通手段へのアクセスの利便性の方に目を向けるべきであろう。フィジー産パパイヤの事例でもわかるように、直行便という交通手段が貿易を行う上で極めて重要であることを再認識すべきである。また航空便を中心とした輸送の手段が限定されてしまい、輸送費が高騰することも忘れてはいけないだろう。

  また、太平洋島嶼国の中でも、メラネシアやポリネシア地域は南半球に位置し、そうした国々は日本とは季節が反対になることから、端境期を利用したニッチ市場を形成することが可能となる。これを利用したのが、トンガにおけるカボチャの生産であり、近年のサトイモの生産である。

  もちろん、ビジネスという視点で考えた場合、太平洋島嶼国の置かれた地理的な条件以外にも、何重にも絡み合った複雑な土地問題により、大規模な投資による工場の設置などは極めて困難であり、あるいはビジネスを行う上で必要な人材を確保するのが困難であるということも事実である。しかしながら、単純にマイナスの面ばかりに注目するのではなく、そのマイナス面の周囲に存在する可能性についても目を配ることも必要だろう。
 
5.結びにかえて
 本稿の分析は、大部分が貿易統計データに基づくものであるが、日本と太平洋島嶼国との貿易関係を考察するという目的にとっては、このような限定的な方法による分析では不十分であることは言うまでもない。本稿は、貿易に関する統計を利用することを通して、どの程度まで両地域間の経済関係について理解することが可能か、あるいはどのような問題が分析上不十分として残されているのかということを明らかにする結果になったのではないだろうか。

  今回の分析では、貿易分野に焦点を絞りながら論を進めてきたが、一方で、日本と太平洋島嶼国との間の経済動向全体について検討する場合は少なくとも、同地域に対する日本からの投資動向や、日本から同地域を訪問する観光の推移と言う分野についても同様に分析する必要があるだろう。投資分野に関して言えば、パプアニューギニアにおける液化天然ガスの産出をめぐる日本からの大手企業の進出や、ソロモン諸島におけるニッケル開発など天然資源をめぐる日本の進出が注目を集めている。他方で、観光分野に関して言えば、2010年12月からのデルタ航空による成田・コロール間の直行定期便の就航など明るい話題がある一方で、2009年のエア・パシフィックの成田・ナンディ間の直行定期便の運航停止や、リーマンショックなどの世界的な経済停滞による観光客数の低下などマイナス要因も存在している。以上のような国際情勢の変化に目を配りながら、日本と太平洋島嶼国の経済的関係の強化に資する要因について引き続き着目していくことが必要だろう。

  2012年5月には第6回太平洋・島サミットが沖縄で開催される。同サミットは太平洋島嶼国の首脳が一堂に集まる機会であり、日本の太平洋島嶼国に対する協力関係を示す重要な場として注目されている。従来はODAを中心とした関係構築が中心であったが、近年は島嶼国の指導者層からも経済的な交流の拡大を重視する姿勢が高まってきている。日本も太平洋島嶼国にとって身近な経済大国という位置づけにあることを認識しつつ、これまで以上に経済的な関係の促進を進めていくことが求められるであろう。
 
※本稿で引用したデータの典拠もとである『統計データハンドブック』には、太平洋島嶼国と日本との各国別輸入・輸出量データ等が掲載されている。各国別のデータ分析については稿を改めて述べることとするが、『統計データハンドブック』の入手希望の方は、太平洋諸島センターまで連絡頂きたい。

                   * 表ならびに図は、情報誌をご覧ください。


 
(1) 太平洋島嶼国の経済関係の窓口機関としては、現在シドニー、オークランド、北京にも開設されており、また現在米国や欧州にも事務所の設立を進めている。

( 2) 具体的には、太平洋諸島センターのオフィスのある明治大学との間で公開講座を開講したり、太平洋島嶼地域に関心のある産・官・学メンバーからなる「パシフィック・アイランダーズ・クラブ」のメンバーに対して、太平洋島嶼国地域の現状や注目されるテーマに年に3回程度懇談会を開催している。

(3) JETROで作成される貿易統計データに関して、年度毎のデータが確定するのが4〜5月頃であるため、『統計ハンドブック』の完成は毎年9月ごろとなっている。

(4)英国や日本などの船主側も、便宜置籍船国に船籍を移すことで、この制度の恩恵を受けている一方で、2010年にメキシコ湾で発生した英国ブリティッシュ・ペトロリウム社の海底油田採掘機「ディープ・ウォーター・ホライズン」  がマーシャル登録であったため、米国議会から安全責任の一端がマーシャルにあると指摘されたり、商船三井の原油タンカーM.STARがホルムズ海峡で損傷を受けた際の補償問題の交渉が難航するなど様々な問題点が指摘されている。(Marshall Islands Journal 2011/7/29,p.19)

(5)Marshall Islands Journal 2011/2/25, p.17

(6)「まぐろ・かつお類の漁業と資源調査(総説)」『平成19年度国際漁業資源の現況』(水産庁・水産総合研究センター)2008年

 

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