トンガ王国の自動車と廃棄処理問題     
       ―グローバル・テクノスケープの視点から― 


発表者:川村千鶴子(大東文化大学環境創造学部)



1.増加する日本からの中古車輸出
 2002年、1月から11月までの日本における中古車輸出台数は、54万9,488台となった。税関の貿易統計を基に集計した中古車の輸出台数は、国別でみるとニュージーランドに11万1939台、アラブ首長国連邦(UAE)に8万1,153台、ロシアに4万676台、ペルー3万142台、英国2万6,270台と続いている。前年比較でみるとアジア向けが40.5%増、中東向けが87.8%増、欧州向けが36.3%増、北中米向けが14.9%増、南米向けが23%増、アフリカ向けが34%増、オセアニア向けが5.8%増となっている。(海事プレス2003年1月)
 
2.中古車輸出に対する日本人の認識
 平成14年度に環境庁に向けて「使用済自動車の再資源化などに関する法律案について」という中央環境審議会からの答申が出されている。インターネットで「わが国における使用済自動車の流れとリサイクル率の現状」を見てみると以下のような分かりやすい図表がでてくる。この図表で最終ユーザーとは日本国内における消費者を想定していることが明らかである。輸出(約100万台)とあるが、これらの行き先について、さらにその中古車が廃棄されるときにどのような窮状を訴えているかを、視野に入れてリサイクルを考えている人がはたしているだろうか。日本の自動車産業界は、一旦、国境を超えた車を使用する人々を最終消費者とは捉えていない。さらに、それらの廃棄処理のついて、環境倫理観をもって注目する自動車メーカーがあるだろうか。廃車処理に伴う国内コスト負担を輸出によって回避できる。中古家電製品もあらゆる中古品輸出は、廃棄処理の国内コストを輸出によって軽減あるいは回避している現実をグローバル化の負の景観としてとらえてみよう。
 
3.グローバル・テクノスケープの視座
地球上を流動する人々、観光客、移民、難民、亡命者、外国人労働者などによって織り成される景観をグローバル・エスノスケープという言葉で捉える方法がある(Appadurai1997)。「グローバルな文化のフロー」(global cultural flows)の次元には、
人だけでなく、技術、カネ、情報、思想もグローバルに流動している。事実、オセアニア地域の人々の生活は、グローバル化の影響を受け、極めて流動的であり、「脱地域化」という現象に象徴され、一つの地域にスポットをあてて民族誌的な研究を中心とした従来の文化人類学では捉えきれなくなっている。この流動性を文化のフローで捉えようとしている点は着目すべきである。しかしながら、国際移動をめぐる階級格差や南北格差に対する視点が欠けている。さらに「国民国家」の概念は、厳然として存在することへの考慮が欠けているという批判もされてきた(Ong1999)。そのことは、オセアニアにおける環境調査によって鮮明になってきた。
 
4.太平洋島嶼諸国の特質を捉えてみると
 トンガ王国の自動車の廃棄問題に主眼を置いてみると、そこには太平洋島嶼諸国の経済の脆弱性や特殊性を捉えて、島で廃棄処理を行うことが、新たな環境負荷を生み出す。アパドユライの概念には、環境のケアスケープの概念を加えていくことが有効であり、地球環境にとって不可欠であることが浮上してきた。環境の理念は、パシフィック・ウエイの概念、ODAの理念、多国籍企業のあり方にもさまざまな示唆を与えうるものである。
 
5.トンガ王国の自動車の廃車問題 −グローバル・テクノスケープの視点から―
現在、トンガ王国では、自動車は一家に1台から2台の生活必需品となった。グローバル化とともに90年代初頭から便利になった島の生活体系の変化と増大する環境負荷について、スケープつまり景観を通して考察する。自動車の普及と生活水準の向上が、伝統文化や環境にどのような影響を与えてきたか。

6.結論
 
(1) 外来文化と従来文化の接点領域:苦境に立つ文化
 
 自動車という外来文化の流入は、トンガ人の生活体系に影響しながら、生活意識を活性化するプラスの側面をもち、トンガの伝統文化を刺激し、文化の保守・生成の要因にもなっている。しかし、海岸や庭先に棄てられている崩壊した廃車の景観は、クリフォードのいう「窮地に陥った文化」「苦境に立つ文化」を表象している。(Clifford, 『文化の苦境』1988)
 
(2)グローバル・テクノスケープの視座

 グローバル・テクノスケープは、自動車、家電製品、パソコンなど多国籍企業などがもたらす技術の移転や技術情報の流れの風景(landscape)を指している。自動車の生産から流通と最終消費、廃車・リサイクルのフローは、技術的な解決の情報とケアの実施が、テクノスケープの中に映し出されなければならないことを示唆している。リサイクルも環境負荷を与え、土壌汚染、海水汚染は地球全体と人類に影響を及ぼす。先進国や多国籍企業の環境倫理と哲学が海を越え、国境を越えて拡大すべきであることは、グローバル化の現実のなかで明らかである。
 グローバル・エスノスケープに、環境ケア空間つまり、グローバル・環境ケアスケープ(global environmental carescapes)を重ね合わせていくことが重要である。環境のケアスケープは、南と北、支配と従属の構図を環境の概念とともに脱構築し、国民国家の壁を多少なりとも洗い流していく引き金となるだろう。
 
(3)スケープ(景観)に視る「平等と公正」

 スケープとは、民族空間、技術空間、メデイア空間、思想空間の脱地域化の現象であるが、それらは、すべて正と負の両面を持ち、物質的豊かさが、許容量をはるかに超える環境負荷となるだけでなく、政治力学や企業戦略の圧倒的な支配の中に組み込まれて島々を襲っている。差別的有利性を追求する企業理念が、自由競争の中で南北の格差をさらに広げ、環境負荷を貧しい国々に廻している構造がここに映し出されている。グローバル化の中で、すべての国が平等に扱われることが公正でないことも明らかになった。
 
(4)環境に根ざすケア(世話)の実践

 以上の認識は、特に環境・医療・教育にケア(世話をする)する新しい景観を必然的に産み出している。「人類の叡智は、ケア(世話をする)経験を通してはじめて生み出される」と明言したのは、アイデンティティを学問的に裏付けたエリクソンであった。環境のケアは、あらゆる人の命、生命に関わり、地球全体の福祉に貢献する。
 われわれに求められているのは、「環境に根ざすケア(世話)の実践」である。「環境に根ざす」ことは、「人権に根ざす」ことと表裏の関係にある。人権の概念と法システムの創造、国籍や民族を超越する共創社会への挑戦です。生産・消費・流通も政府間の援助も教育も、そこに「環境とケアの哲学」を基本におくことが、人権重視の社会への萌芽となり、競争社会から共創社会への移行を促す。
 
(5)企業の国境を超える拡大生産責任の理念

 グローバル時代にあって、国境を越える拡大生産責任の理念を、企業が自ら構築し、明確にし実践することは、われわれを含む消費者の共感に支えられて、やがては多国籍企業の存続の鍵となるだろう。これまでトンガには、環境、医療・栄養指導、教育に対して、海外からのボランティアが結集しているが、自動車を生産する人々のケアとそれを現実のものとするODAが必要であり、そのためにはトンガの人々との連携とトンガ人の内発的な創造性が必要になる。
 
(6)日本のODA支援

 2003年5月の島サミットの共同行動計画によれば、廃棄物処理が太平洋地域において緊急かつ困難な問題の一つであることを全島嶼国が共通認識している。PIF加盟国・地域独特の情況および特徴を考慮に入れよく練り上げられた戦略を作成する必要がある。この戦略は何よりも啓蒙活動、政策手段、組織強化、及び収集・処理・リサイクルの改善等を支援しえるよう策定されるべきとしている。
 日本政府のODA大綱が2003年9月に10年ぶりに改定された。新大綱は、「国際社会の平和と発展に貢献し、これを通じてわが国の安全と繁栄の確保に資する」と規定し、国益重視を強調している。また要請主義から政策協議の強化と連携強化を規定している。(外務省2003年9月)。 太平洋の島々はグローバル化の影響を受けて地球環境問題を凝縮して先鋭的に訴えている。ODAの環境ケア―の実践は、世界からの信頼を得ることにつながり、日本の国益となる。
 
(7)トンガ人の内発性と創造性

 魚を釣り、椰子の実とタロイモなどを食し、自給自足の循環的生態に沿ったエコロジカルな生活を営んできたトンガの人々こそ、地球環境を守ってきた人々といえよう。生態的連鎖のシステムに支えられ地球の海と大地を守ってきたトンガの人々の叡智と環境創造への内発性と創造性が期待される。
 トンガの人々は、優れた多様なインテリジェンスを培ってきた。特に海外移住に伴い、送金を伴う家族愛が国際ビジネスを展開する起業家精神を培っている点は、今後、より社会経済的に安定した国民生活を創出する可能性を感じている。その強力なネットワークに「環境のケア」が加わることによって、トンガはエコ・アイランドとして再生できる。
 トンガは太平洋島嶼諸国の中で唯一植民地化されることがなかった。現在MIRAB社会と概念化されてはいるものの、海外移住者とのネットワークが、本国の政治改革を推進し、伝統文化・言語の保持に努力している姿は、21世紀の新しい遠隔地ナショナリズムを感じさせる。トンガ政府が、説明責任と情報公開をするし、環境教育を中心とした環境政策を打ち出すことが、トンガ社会を民主化していくことにも繋がる。これらの内発的な取組みは、トンガ政府への信頼を確立することになるだろう。
 
参考文献:National Reserve Bank of Tonga, Annual Report 2000-01
     ★Arjun Appadurai “Modernity at Large -Cultural Dimensions of Globalization”他
川村千鶴子e-mail:kawamurachizuko@hotmail.com
 



1. トンガ王国(人口10万人、トンガタブ島6万人)の概要と自動車事情

  トンガ国内の乗り物の変遷
   自転車、4人乗、バス、タクシー、自家用車
   自動車免許の取得(18歳から自動車教習所)
   数箇所のガソリンスタンド、輸入会社と関税(65%)、部品販売

2.自動車登録台数と車検の実施  11000台

3.自動車の購入の背景
     道路の整備:日本ODAのインフラ整備
     海外からの送金による購入:送金額  トンガのGNPの30%
     海外家族からの贈り物:コンテナで送られる物資と車
     移住と帰国の際に持ち帰る、カボチャの輸送船の帰還

4.自動車の功罪
  メリット :心的豊かさ、便利、時間の短縮、娯楽としてのドライブ、伝統文化
  デメリット:遊び場・通学路・子育ての場の変容、大気汚染、騒音、交通事故、運動不足からの成人病、糖尿病、伝統文化の変容

5.廃棄物処理  WHOの支援 トゥクトンガ処理場 車の投棄の実態と取組み

6.環境教育の実状(インタビュー調査:アテニシ学院、トンガ高校 トンガクロニクル、環境庁、トンガ警察)

7.日本の自動車リサイクル事情、解体工場、廃棄物処理事業
  (解体工場、沖縄の事例、豊島廃棄物処理事業、直島環境センター)
 以上を踏まえて、考察してみました。

@年間570万台を生産する日本の自動車メーカーと自動車輸出業者の考え
A日本ODA大綱の変化と今後の環境問題の改善
Bトンガ王国のこれからの環境政策の展開
 
 

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